■ 春の夢 ■

 






 ねえあなた、笑わないで聞いてもらえますか?
私も高校を出て随分になります。
成人も越して選挙もやって、まあ大人になりました。
多分めでたいことでしょう、来年からの行き先も決まっています。
 けれど最近不安なのです。
自分が終わりかけの橋のたもとに立っているように思って。



 私は変わりました。
昔の口ごもりは一体どこへ行ったのか、
自分をさりげなく売ることが出来るようになりました。
服も無駄なく買えるようになりました。
格好をつけることも、褒めることも遠慮をすることも、
なんだか自分でも変に思うくらい上手になったと思います。



 そしてこの変容の先を見たとき、私は不安になるのです。
私はまるで、昔の自分を否定するような
見知らぬ自分になりつつあるような気がするのです。
 現に今、地面にはいつくばって見返りも求めずに
あれ程努力なんて出来るでしょうか。
新たに出会う知らない人に恐れを感じたり出来るでしょうか。
あなたと話が弾んだとして、昔ほど有頂天になれるでしょうか。
 そしてまたそう出来ないことが、
当たり前だと思うようになるんじゃないか。



 ねえ、あなた。
いつしか私は自分のお里を忘れ、
社会の勝ち組として君臨するのでしょうか。
 周りに追いすがるように二三年は背伸びをしていても、
そのうち板に付いてきて、平気で昔からそんな生活をしていたような顔をするのでしょうか。
 そしてうまく生きていくことの出来ない人をまな板の上で切り刻んで調味料をかけ、その悲劇に同情したりするのでしょうか。



 不器用にあなたを愛していたあの頃と、私は変わりました。
つまり私は、あの頃の自分が好きなのです。
 馬鹿ななりにも赤裸々な馬鹿でした。
その馬鹿さ加減を一時は死ぬほど恥じていましたが、
今になってそれを手放したくなくなっているのです。





 ねえあなた、笑わないで約束してくれますか。
いつか勢いづいて勝利者のような足取りで歩く私を見たら、
周りがなんと言おうとあなたは冷笑して下さい。
そして私を恥ずかしさに赤面させてくれないでしょうか。
かつて私を狼狽させたその機知で私の人生を笑って下さい。



 そうしたら私、この長い手の込んだ、入り組んで目覚めがたい春の夢から、 どうにか戻ってこれる気がするんです。









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