** カロル **
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「ジダーン!」 かわいいサンタの飾りの着いたお下げが、真っ赤なコートの上で踊った。 アンヌはいつも鉄砲玉のようにかけてくる。そして子供の頃と同じように、全体重を体当たりさせるほどの勢いで、俺に抱きついてくるのだ。 十を越す頃から俺も本気で身構えるようになった。でないと吹っ飛ばされかねない。 「わっぷ。また背が伸びたね、アンヌ」 段々キスするのが楽ちんになってくる。父親譲りの強い眉毛が、もっとも大人っぽさを感じさせた。 田舎でもパリでも、親類との関係は決してよくない俺だが、どういうわけか従兄弟シャルル・レスコーの娘アンヌとだけは昔から変に仲がいい。歩き始めた頃から俺の側を離れようとしなかったのだから実に笑い話だ。 無論シャルルは青筋立てて怒っていた。未だにアンヌが何かするたび、あの頃俺と引き離しておかなかったから、悪い影響が出たんだ、とご立腹らしい。 「ひどいんだよ。結局ジダンの載ってた号の『ノワール』返してくれなかったんだから。こんなもの下らないって言ってさ。パパなんて大嫌い」 と、十三歳の彼女はカフェの中で唇を突き出した。 「あげくにあたしがジダンと会おうとすると、頭ごなしに怒鳴りつけるの。いい加減にしてよね。プレゼント渡すだけなのに」 かばんの中から小さな紙包みを取り出した。 「はい。お誕生日おめでとう。ちょっと早いんだけど」 俺はクリスマスが誕生日だ。 「ああ、どうもありがとう。開けていい?」 「どうぞ」 中から出てきたのはきちんと箱に詰められた、なんだか爆発的な柄の靴下だった。 「こりゃまた、エキセントリックな…」 「こないだ、いいお店見つけたの。エスニックでもうサイコー。今度一緒に行こうよ。気に入った?」 「じわじわと好きになっていくよ。アンヌらしい贈り物だね、ありがとう」 アンヌはにっこりと笑った。 「喜んでもらって嬉しいよ。よかったぁ」 …何もかもに恵まれた少女。 暮らしと風貌と、生来の自由、反骨心、向上心、そして溢れんばかりの愛情。 これは将来が大変だと俺は笑う。彼女はたくさんの目がその後を追う大人になるだろう。多くの人の中心にあって微笑む女性になるだろう。素晴らしい。 俺はこの少女の幸福を見ているのが好きだ。いつも力強く駆けてくるその真率に触れると、自然と微笑んでしまう。見ているだけで幸福だなどという文言を、若い頃は決して信じていなかったが、三十も過ぎれば実際にそういうこともあるのだと最近思う。 二人で歩く商店街はクリスマス一色だった。どこかからクリスマス・ソングのオルゴールが聞こえてくる。 「ジダンはクリスマスどうするの?」 「友達同士でパーティすると思うな。…多分」 俺はいつもそういう企画に最後になって乗っかる質である。準備のことなど与り知らない。 「劇団の人達とォ? いいなあ、あたしもそっち出たいなあ…」 「家でパーティするでしょ」 「だって来るの弁護士とか医者とか政治家とかだよ。うっつくしいフランス語でさ。一体何が楽しいっての?」 「同世代の子がいるだろう」 「ああ、あんな人たちもっとやってられないよ。みんないい子ぶって、下手くそな詩ィひねったりバイオリン、ギーギー鳴らしたり」 「それは恐ろしい」 と、俺は真顔で言う。 「でしょ? 抜け出しちゃおうかなぁ、あんなの…」 そうしたら、またシャルルが俺のせいだって怒るんだろうな…。 笑いながらそんなことを考えていると、ふと上げた目線の先、道路の向かいの建物の屋上に立つ黒い人影が目に入った。 アンジェーだ。いつものように、いつもはたるんだ背筋をぴんと伸ばして、屋根の端に立っている。 条件反射的に、俺は声をかけようとした。その時、いつの間にか花屋の軒先で足を止めていたアンヌが、 「ジダン! 見て、これかわいい!」 と俺を呼んだ。 振り向くと彼女はピンク色のミニバラの花束を抱えて、微笑んでいた。 天使のように。 つられてこっちも微笑みかけた次の瞬間、その顔色がさっと転じた。ぎょっとした俺の前で、花束を取り落とすとアンヌが力一杯金切り声を上げた。 「きゃああああ―――――――ッ!!」 どん。 背骨にくぐもる音が響いて、取り残されていた俺の体は一度跳ねた。 バラは路上に転がって、一瞬にして色褪せていた。 振り返る前から、何が起こったのかどこかで知っていた。建物の前に体が一つ転がっていた。早くも人が集まり初めている。 「……」 俺は呆然と、そこに死した肉体を見ていた。道路に滲み始めた血から、白い湯気が立ち上っていた。 「ジダン! ジダン!」 アンヌが俺の腕にかじりつく。 「跳んじゃったよ、あの人跳んじゃったよぉ!」 その言葉に、腑抜けたように頷く。 そうだ。彼は跳んだのだ。そして自殺は未遂でなくなった。そんなことは明白だ。…だが。 「…なぜ……」 はっとして空を見上げた。その責任を追うように空を見たが――――太陽の姿は何処にもなかった。 今日は午後からずっと、曇りだったのだ。 ひ弱な男の屍の上に、クリスマスを祝する歌が虚しく降り注いでいた。 俺はこのメロディを知っている。
◆
Fin. |
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