L'inutile
真似できない



 ヨシプはテレビセットの前に座り、じーっと画面を凝視している。
 画面の中には家庭用ビデオの映像。揺れる視界の中で、髭面のサンタクロースが小さな女の子と遊んでいる。
 勝気そうな女の子の目は、憧れにちかちかと輝いて、今にも星がこぼれ出しそうだ。







「悪いわねー、せっかくの休みに。
 毎年サンタはウチのおじいちゃんに頼んでたんだけど、今年は入院しちゃってさ。
 それに私はコレだから、何かと身動きが取れなくって」
 ミミはそう言って、自分の大きなお腹の上に手を置いた。ジダンは目を線にしながら、梨を剥く。
「全然いいよ。気にするな。幸い今年の冬期休暇はヒマだ」
 ミミはジダンの前の劇団に所属していた女優で、彼より少し若い。今はフリーで活躍している。
 カタギの男性と結婚して四歳の娘が一人。さらに妊娠八ヵ月の身重だった。安定期に入っていて体調は良好だそうだが、この体でパーティーを切り回すのは確かに大変だろう。
 ヘルプ要請を受けたジダンらは、手伝いがてら便乗して一緒に楽しむことにした。
「連絡してみたらアキも来るって。途中でヨシプがサンタになって抜けるとしても、俺ら二人いるからなんとかなるだろ。後片付けもして帰るよ」
「ありがとー、助かるわ。ジダンも役に立つことがあるのねえ!
 あのコずっとおじいちゃんのサンタ見てきたせいか、ショッピングモールで普通のサンタ見ると襲いかかるのよねー。誰に似てあんな凶暴な子になったのかしら」
「さー見当もツカナイっすねえー」
 変な声が聞こえたので画面を見ると、仁王立ちのサンタが拳を振って戦時中の歌を歌っている。
「……個性の強いサンタだな」
「娘はサンタクロースならあれ歌うのが当たり前だと思ってんの」
「とろけそうな目して見てるもんなあ。どーぞ」
 切った梨を皿に盛って、彼女の前に出す。
「ありがとー。にしても便利ねえ、カレ。相変わらずなんでも真似しちゃうんだ?」
「絶好調だよ。カラスとか、どっかの野鳥がいつの間にか色んな人工の音をコピーするって言うだろ。あれと同じ感じだ。習性だよ」
「機械音とか動物とかもいけんの?」
「いや? どうなんだろう。きっと出来るだろうけどあまりしないな。その点は人間にしか興味がないのかね。変なやつ」
「へー。でもそしたら、実はなんでも習得できるってコトじゃないの? つまり反復できるんでしょ? パソコンでも料理でも」
「まあね……。以前おじさんの仕事手伝ってた時も、実際そう無能じゃなかったらしい。
 ただ情熱とか創意工夫とかは全くナシで、言われたことをただ行なうって仕事ぶりだったらしいけど」
「あー。それじゃ意味ないわね。いくら技術があっても受身じゃ、どんな仕事も長続きしないってダンナもよく言ってるもん」
「ああ。
 でも実際、一旦『録画』したら習熟までは恐ろしく早いよ。若さもあるだろうけどな。
 こないだの舞台じゃタップダンス一通り覚えて帰ってきたし……、ミミも『真夏の夜の夢』見たろ? あれをいつだったか、俺とアキの前で全編やってのけるんだ。たった一人で。呆れたよ」
「へええ。すごいじゃん。じゃー『言われたことだけ』のヨシプ君も、『もの真似すること』だけには積極的なわけね。経済観念のない子……。真似しちゃダメよ?」
 ミミは苦笑しつつお腹を撫ぜる。
「でもまあ一つくらいは好きなことがあってよかったんじゃない? こうして一応役者になってるわけだしさ。
 冗談抜きで、結構評価されてるらしいじゃない」
「らしいね。でも純粋に後見人として……、ちょっとどうかと思うこともあるんだよな……」






 十分後。ヨシプは今度はソファで、ミミの丸いお腹を見つめている。対面に座るジダンが気恥ずかしくてまぶたを伏せるくらい、まっすぐに。
 遂にため息を吐いて、
「すごいなあ……」
「やっだそんなに見ないでよ。相変わらずへんな子ねー、アンタ」
 ミミは手を上げてぺちんとヨシプの頬を叩くが、彼の瞳はきらめいたまま止め処もない。
 そこには、例えばジダンなどには向けたこともない、溢れんばかりの尊敬と崇拝の光があった。犬が高級缶詰を見下ろしているような目だ。
「あっはは。ひょっとしてあんたもマザコンなの? ママンのおっぱい大好き? ちょっと飲んどくー?」
 目を開いたジダンはミミの悪ノリに赤面しつつ、腕組みをしてヨシプに尋ねた。
「ヨシプ。ミミはサンタさんより偉いか?」
 彼はジダンのほうを振り向くと、ためらいなくこくりと頷く。
「偉い」
「サルコジより偉い?」
「偉い」
「ミッキー・マウスより?」
「偉い」
「歯医者よりは?」
「偉い」
 さすがにミミが「?」という顔をするのを横目で確認した後、ジダンはさらに尋ねる。
「――何がそんなにすごいと思うんだ? 言ってみろ」
 するとヨシプは子どもみたいにはっきり答えるのだ。
「真似できないから」



 そう。彼の「偉い」「偉くない」は、「真似できる」か「できないか」によって決まるらしいのだ。
 だから、同じ人間でありながら、どうあっても真似できない状態であるミミは橄欖(かんらん)山上のキリストみたいに偉いのであって、逆にどれほど世話になっていようが、ジダンなどはその点、下の下でしかない。
 悪いことにヨシプは、大抵のものは真似をしてのける。ダンスもパントマイムも演説も、下手くそなシャンソンだって歯科治療だってちょっとの練習で再現できる(していいかどうかは別として)。
 そのため政治家、映画スター、ニュースキャスター、大学教授などといった当たり前のヒーロー達は、ほとんど彼の尊敬の対象にならない。
その代わり。




「おーい……。準備いいか? そろそろミミの家に出かけるぞ。衣装持ったか?」
「うん……」
「何見てんだ? ニュース速報か?」
 ぼんやり答えるヨシプの肩越しにテレビ画面をのぞくと、『クリスマス休暇を前に、繁華街で自殺未遂』という見出しが踊っていた。
「――げ……」
 深刻げな様子で話すリポーターを見ながら、ヨシプは胸の鞄を抱きしめる。
「ねえこの人さ……、みんなの前でいきなり首にナイフ当てて、喉をかっ切ったんだって……。すごいなあ……。とても……」




真似できない。






うわああ。
青ざめるジダンの前で、ヨシプは小さな女の子のように目をうっとりとさせるのだ。



(了)




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