「一般人にこんな検査、信じられない」
 寝不足だという頭を親指の腹であちこち押さえながら、民事調査官のサミュエル・クワンは呟いた。彼の視線の先には、偏光ガラスの向こう側で検査師と向かい合う、無抵抗なトードー・カナンの姿がある。
「飽く迄も精確を期すための一テストだ。ニンブスに当日のデータが全く存在しない以上、彼の証言が妥当であるかどうかが重要なポイントになる」
 壁際に腰掛けたニカンダは書類と照合しながら、流れる問答だけを聞いていた。現地調査で分かっているだけの情報と齟齬が無いか確かめているのだ。
「そりゃ仰る通りですがこんな検査、結果は信用できないし証拠になりませんよ。分かってるでしょう、いつだってこの手の機械の信憑性は法廷で問題になるんだ」
 機械の前で各種データを見ていた検査師がこほんと咳払いする。ニカンダは子供を叱るような目でクワンを見ると、口調だけは静かなまま言った。
「信用できるかできないかはともかく、資料として持っておくのは悪いことじゃない。
 一旦調査が始まれば、おいそれと判別機にご登場願うわけにはいかん。トードーが協力しているうちに、出来ることはすべきだ」
「しかし本人の身にもなってやって下さい。彼は犯罪者じゃなくて被害者なのに。折角大事故を生き延びてきたかと思ったら、メンタルケアを受けるどころか、誠実さを確認するために嘘発見器に掛けられてるんですよ? 僕だったら完全に喋る気を無くしますね」
「―――――終わったようだな」
 はぐらかされたクワンが舌打ちすると同時に、小さなベルが一つ鳴り、試験が終わったことを正式に告げた。ガラスの向うでは、トードーが検査師に伴われて部屋から出て行く。こちらの検査師が嘆息を吐くと同時に、クワンの隣でプリンターが音も無く結果を出力し始めた。
「どうかな?」
 検査師は髪の毛を後ろで束ねた女性だった。立ち上がったニカンダは、親戚のおじさんみたいな穏やかな声で結果を尋ねる。
「簡単に言うと、マシンは被験者を正直者だと言ってます。おそらく95%以上問題なしとレポートすると思いますね」
老刑事は肯いた。書類の記載とも矛盾する点はなかったのだ。
「詳細は私とコイツのところにメールしておいてくれ。どうもありがとう。邪魔したね」
 プリンターの受け口に出てきた要点レポートを取り上げると、彼はクワンを伴って廊下へ出た。出るや否や
「クワンさん。丁度よかった」
と、5470スタッフの一人に呼び止められる。
「トードーのカウンセリング結果、厚生局から送られてきてましたよ。端末チェックしてください」
「ありがとう、ゲルタ」
彼が感謝の言葉を述べると、彼女はにっこりと美しい笑みを見せて、別室へ消えていった。
「…最近は厚生局の協力が篤いんで助かりますよ。本人の性向とか、考え方とか好みとか…、聴取の前になんとなくでもつかめますからね。信頼関係の構築に使えます。
 間に合ってよかった。性悪説的な機械に頼るよりこういうヒューマニックなアプローチの方が前向きで、ずっと真相解明の役に立つはずですよ」
デスクに向かう足が自然と速くなったクワンの台詞に、ニカンダは一度瞬きした切り、何も答えなかった。









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