病院




 先刻から、水が一滴ずつ落ちる音がしています。聞くだけで震えの来る、非常に冷たそうな滴の音です。どこかの蛇口が、ゆるんでいるのかもしれません。



 ビニルの床とビニルのサンダル底がこすれるとキャッという音がします。稀に、器具が触れ合う星空のように高い音。ガラスと鉄…。
痛い注射筒でも運んでいるのでしょうか。



 暗闇に目が慣れて参りますと…、部屋は濡れた筆で触ったような空気です。
 窓? 窓からは何も見えません。手すりにも窓枠にもここから落ちてはいけないという囁きばかり。
ここは ふ自由なところなのですよ…。



 隣の室から今、ケフケフと咳き込む声が聞こえました。ふ幸せな鳥のくしゃみくしゃみ。廊下には霧が漂っています。体をべとべとに眠らせるのです。



 やはりどこかで水が漏れる音がしている。あれはなんだろう。天井に奇怪なものがあります。唇がかさかさに乾いている。まぶたは開いたまま。寝返りはむずかしい。




ここには本当の眠りはないのです。
ここは森です。ここは沼です。
ここは病院です。




(EOF)




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