提灯





 夜のあかぎヶ原に火が灯る。いつでも灯る。雨でも灯る。

 子どもの頃からだから驚きゃあしない。あの幽霊提灯たあガキの時分からお馴染みさ。ところが客はみんなそうじゃないから、夜なか妙に西が明るいなと起き上がり、窓を開いて仰天する次第。
 うっそうと葦の茂る沼地にぼうぼうと火が瞬いてるんだからそりゃあ驚くさね。でも聞かれたってあたしも知りゃあしない…。あれはあたしが子供のころからああなのさ。
 いやね、どうもばあさんから聞いたような話じゃ、あかぎヶ原は昔は「赤城ヶ原」と言ったんだそうで、お城が建ってたんだと。
 そこには若くて厚情なさむらいがいたってんだけどね、戦で惨い負け方をして、そのさむらいは勿論、城に住んでいた者は生まれたての赤子にいたるまで容赦なく殺された。
 それで城が赤く染まったから、そんな名前がついたって言ってるね…。
 え? 知りゃしないよ、誰が提灯つけてるんだか。まあキツネかタヌキか、そうでなきゃ人魂か。あたしはその理由を知りたいなんて思ったことはないねえ。

 ――へええ、珍しいこともあるもんだねえ。こりゃあ国へもって帰らなくちゃ。

 こういう手合いはどうってことないよ。問題は、説明を聞いたぎり黙りこくって酒を飲んでるようなやつさ。
 目が西へ釘付けでね。いよいよいけないよ。あかぎヶ原の提灯は、見つめすぎちゃあいけないんだ。



 あんのたま、商売人にもさむらいにも見えないその男は翌日、霧の漂う葦原の方へと歩いていった。
 馬鹿だねえ。
泥と水と葦しかありゃあしないのに。




 その次の晩は客が少なくて、あたしも早々と引っ込ませてもらった。
 あたしのところの客をまた飲み込んじまった葦原が業腹でねえ、久しぶりに二階の障子を一杯に開いて、あかぎヶ原の方を見たんだ。
 六畳の間の桟の端から端まで、ぼんやりとした光が連なったよ。川向こうに、知らない町が一つ、あるようにさ。

 なんだいお前達は。そうやって人を誘うような、未練な光り方をしやがって…。

 去年の男や昨日の若いのを返しなよ。お前らはまるで鮟鱇だよ。大口開けて、人の来るのを待っていやがる。

 へ。馬鹿だね。あたしはそこへは行かないよ。何年ここに暮らしてると思うんだい。あんたの元へ行くならとっくに行ってる。
 あたしの足はここにずんと根を下ろしてるんだ、あんたの誘いには乗らないね。大体、あの連中は腰が軽すぎるんだよ。いかにもいっそ殺しておくんなさいってツラで北から南からふらふらやってくるじゃないか。


 何か落し物でも探しす眼つきで。
そんなものが、このあかぎヶ原で見つかるわけはなかろうに。



 ただ、そうだねえ。あたしはあんた達を誘い出してやりたいよ。そんなところで陰気に光っていないで、いつかはこっちへ一杯やりにおいでよ。


 あんたが狐狸だろうが幽霊だろうが構やあしないさ。あたしは独りでさびしいんだ。
 ところがうちにはあんたらの持ってるような上等な提灯がないと来ている。見も知らぬ誰かを誘い込んで永遠に放さないなんて芸当は、とてもできないと来ている。


 なあ。どうしたらこっちへ来るんだい。
あたしは行かないよ。あんたがいらっしゃい。
 あんただって生涯このあかぎヶ原を動けないさだめなんだろう。


 どんな灯りをともしたなら、こちらへおいでだい。




(EOF)



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