海水






「…どうしたんだ。こんな、時間に」
 暗く、狭く、とり散らかったアントーニオの部屋に勝手に入って座り込んでいると、奥から彼が現れて、言った。
 感情の表出がほとんどなくなっている彼だが、僅かに驚いたような気配があった。恐らく友の手や顔の生傷に、気付いたのだろう。
「なんでもない。時に、『あたらしい人間』の研究は、進んでいるのか」
「……」
 アントーニオが答えないでいると、アドリアノは傍に転がる、干からびたヘビの入ったガラス管を取り上げ、空に透かした。
「我々は涙の上に暮らしていると言ったな」
 頷くはずみ、アントーニオの伸びた前髪の隙間から、傷がのぞく。彼の隠れた顔の半分はかつて、戦場の炎で激しく焼かれたのだ。


「君の研究に手を貸そう。アントーニオ。
 僕も『あたらしい人間』が見たい」





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