金魚




 わたしはお蕎麦屋さんの孫です。おじいちゃんの家はちょっとした川のある、田舎の遊び場にあって、一階がお店、二階がお家になっていました。
 都会から車に乗ってきた家族連れや若い人たちに、ざるやてんぷらを出しては、何十年も暮らしていたのでしょう。
 お店の裏手は水路になっていて、田舎のことですからそこに水草も生え、放されて増えた金魚。フナやめだか、ざりがにだっていました。
 わたしは女の子でしたから、あまりそういう遊びはしませんでしたけど、おじいちゃんのお店の前の側溝には、いつもやたら男の子達がいて、やかましく騒ぎながら網で小魚をすくっていたものです。
 そこが溜まり場らしくありました。どうしてうちの前には魚が集まるの。と、ある夜おばあちゃんに尋ねると、おばあちゃんは
「うちの蕎麦のゆで汁が流れていくだろう。それを魚が食べにくるんだよ」
と教えてくれました。
「ゆで汁なんか、おいしいのかしら」
とは思いましたが、子供心に妙に納得したものです。




「――いい気になってるわよね、あの子。入学以来ずっとちやほやされちゃって」
「遊びまくってるって噂よ。一体何がいいんだろ、あんなにバカなのに」
 講義の終わった教室で、しつこく飲み会に誘われているA子さんを見て、由貴花(ゆきか)さんと湖乃実(このみ)さんが口を尖らせます。
 歓迎会のシーズンはとっくに終わりましたけれど、相変わらず彼女を誘いたくて必死なのでしょう。今いる男の子達は四人一緒で、まるで囲い込むようにして彼女を口説いています。
 由貴花さんも湖乃実さんも(それにしてもご両親は命名に力を入れられたこと)、A子さんの人となりをそんなに評価はしてらっしゃらないご様子。
 確かにそう偏差値の高くないこの大学でも、一番バカと言われる学部に所属していますけれど、それは私達も同じこと。
 A子さんはそれに輪をかけて愚かしいのだと仰りたいのでしょうね。もっとも同意見の方は少なくありませんけれど。
 二人は陰口を叩きながら、なにやら急いで行ってしまいました。
 私はちょっとぐずなところのあるA子さんを待つことにしました。
 確かにA子さんはそんなに器量がよろしくもないし、淑やかでも利発でもありません。 
 でも私はお蕎麦屋さんの孫ですもの。
魚が寄ってくるには理由があることをちゃんと知っております。



「ごめんなさい。お待たせしちゃって。なかなか断れなくて」
「いいえ、よろしいのよ。みなさん随分熱心でらしたわね」
「断りきれなくて、明後日予定が入っちゃったわ…。ねえ、あなた一緒にどうお?」
「勝手に人が増えたらあちらがお困りなのではなくって?」
「連絡をするから大丈夫よ。…あらごめんなさい、携帯に着信が入ってる…」
 といってA子さんは、今度は携帯に向かって話しはじめました。声の様子からして、男の方のようです。


 さてお誘いはどうしたものかしら。
私、女ですからお酒の席はあんまり好きではありませんの。
 でもそういえば、昔も魚を取りはしなかったけれど、男の子達が遊ぶのを見ているのは好きだったわ。
だから行ってみようかしら。



(EOF)




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