恋文




わたしの大切な方、さっそくのお葉書をありがとうございました。
あなたのいなくなった街で、わたしが日々何をして暮らしているか、お知りになりたいですか。

それは他愛のない遊びのようなものです。
わたしは毎日、近くの泥を拾い集めて、手で握りしめて硬くしては、土塁をこさえるのに夢中なのです。
―― やがて土塁はわたしを守る城の基となり、いずれは精一杯威勢のよい塔や本殿をうち立てるのが、妥当な流れというものでしょう。

この作業を笑うものを、わたしは憎みます。
なぜならわたしは、与えられた傘の下で自己嫌悪と愚痴のうちに生きることを善しとせず、黙ってそこから立ち去って以来、あなたもよくご存知のように全く孤独のままに、都市に生きていくことを選んだからです。

このつらい夏に、身も心もくじけて路上に倒れ伏さないために…。あるいは三十年後にもまた、屋根の下に安楽に過ごしていられるよう、わたしには土塁が必要であり、そのためには、いかに無粋、なり上がりと言われようとも、泥を掻いて周辺の光景を変えねばなりません。

ですからわたしは毎日、零落の恐怖と戦いながら、必死に土を固めております。
そしてようやく近頃、我が身を取り巻く四つの辺が、見るからに明らかになってきたように思うのです。

ところがそうしますと、美しい高い山の上にいらっしゃるわたしの大事なあなた、分かってくださるでしょうか…。
わたしはふと、逃げ出したい。ということを考えているのです。

そうです。ようやく形になった財産を、人生を、道筋を、何年もの苦労の果てに手にしようとしているにもかかわらず、今度はそこから「遠くへ行きたい」と願うようになっているのです。
それは先日、駅でお別れしたときのあなたのあの言葉。
「この一定の別離が、わたくしたちの関係をより深く、穏やかなものにしてくれることと思います。
 だってわたくしたち、最近は少し、顔を合わせすぎていたのですわ」
というあの言葉とも、何か通じるものがあるのかもしれません。

あの時、あなたは動き始めた列車の中で、わたしに向かって手を振られましたね。わたしはあなたが、心からほっとなさっていると分かりました。
――どうぞ否定なさらないでください。
事実は愛情そのものとは時に無縁のもので、わたしがいかに真心を尽くしましても、あなたにお贈りすることが出来ないものだってあるんだということを、わたしは知っております。
あの時、あなたが感じられたえもいわれぬ安堵を今、わたしの心臓が欲しているというわけです。


わたしは明日も、土塁固めに参ることでしょう…。
けれど遠くへ行きたいと願っています。
この固まりかけた土台を後にして、どこか遠くへ消えうせ、新しい人生を持ちたいと願っています。
一方の真剣な心で、あなたのお帰りを待ちわびてもいる。
あなたはこんなわたしを、許してくださるでしょうか。



どうぞ山の生活をお知らせください。
あなたがお住まいだと思うと、遠い峰々がますます美しいものに感じられます。




S.v.H. 1913.8.8

(EOF)





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