拒絶




 ぼんやり薄曇りの昼下がり、今日の夕餉の足しにしようとツブ貝を獲りに岩場へ降りていくと、小さな砂浜に人魚が横たわっていました。
 ちぎれた海草や貝殻と一緒になって、砂の上にぐったりとうつぶせになっています。髪の毛や肌の様子から若い雌と見えました。
「もしあなた、大丈夫ですか。なにか助けが要りますか」
 近寄って上から懇ろにそう尋ねますと、人魚はうつぶせのまま小さな鈴を転がしたような声で言うのです。
「放っておいてくださいましな。わたくしは、自殺の決意ですの」
「へえっ。それで自殺になるんですか」
 すると人魚は、少し気分を害したようにうなりました。
「人間は死ぬのに海に入るではありませんか。その理屈でいうなら、海に暮らすわたくし達にはこれが自殺になるのです」
「けれどなんだって人魚族に生まれついて自決しようだなんて思うのです」
 人魚は顔を動かしてそっぽを向きました。
「いやだわ。ずけずけとものを言ってぶしつけなこと。きっと卑しい生まれの、いやらしい心根の人間なのに違いないわ」
 そう言れまして恐縮しました。それで岩に登ってツブ貝や、ごく小さな牡蠣などを獲って、家へ戻ったわけです。
 砂浜へ立ち入る人は五、六人いました。けれど自殺を企てるような人魚とは、みな絡みづらいとみえて、人魚はそのまま三日ほど砂の上にうっちゃられていました。
 動きの少ないのを見ると望み通り死んだのかとも思うのですが、時々苦しげに寝返りをうつもので、まだ道半ばである事が分かるのです。
 四日目の朝には、浜辺にはもう何もありませんでした。
 私は貝殻を踏んで天草を拾いに行きました。




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