生命





 青銅で出来た小さな鐘の音と一緒に、水を売る人の声が、窓の外を近づいてくるのが分かる。わたしは影と布と香の煙に閉ざされた部屋のなかで、寝そべってそれを聞いている。



水です
聖なる大神のおわしますミレンス山のふもと
天の鏡 スラニ湖から運んだ水です
愛の女神ターラの産湯にも使われました
水晶のごとく清浄であり
蜜のように甘い甘い



 水を売る人は美しい人。煉瓦のような色の、滑らかな肌をして蜘蛛のように指の細い人。彼とは一度だけ、目と目をあわせたことがある。
 水を売る人よ。わたしはここです。
 囁いてみるけれど、声はゆっくり通り過ぎていく。気楽に水をあがなえる人がうらやましい。ちりんちりんというあの鐘の音になって、水を売るのに着いていきたい。
 わたしは渇いている。とてもとても渇いている。
自分で道へ出て、水を乞うことも出来ないくらいに、弱りきって、ぐったりと床に臥している。



おいしい水です
一口含めば炎のように あなたの中で輝きます
いのちの水です



 水を売る人よ、わたしはここです。
ここに入ってきて、煙をかき分けてわたしのそばに跪き、唇に水を差してください。
 あなたの持つ、太陽の溶けた透明な水で私の細胞を内側からひとつずつ。
ひとつずつすすいで、どうか。
わたしを救ってください。



 水を欲する者がここにおります。ひとり死にかけています。嫉妬深い夫の手で暗い部屋に、鳥のように閉じ込められています。




(EOF)


戻る >>






background img by 彩波の耽美派素材集