飼育



  夜、スーパーでもらう白いビニル袋にソレを入れて、ソレを入れて、外へ。
 いいえこれは『深夜』の回ではありません。『飼育』の回で、私は今から自分が中途半端に育ててしまったものをどこかに、棄てに行くのです。
 東京という町にはどこにでも人がいます。午前零時近くに駅から家まで十五分ほど歩いても、大抵五、六人の人間とすれ違います。昼はさらなり。
 だから昼間、近所の公園や空き地の土をざくざく掘り返すわけには行かないのです。それで夜、出てきてみたわけですが…。
 状況は変わらない。や。寧ろ悪くなってます。昼間子供らの前で堂々と公園を掘ってる人間もナニですが、夜間、底の突っ張った白いビニル袋を持ってフラフラしている人間や、空き地に何か埋めてる人間はもっとイヤです。
 ちょっと考えればいいようなものですが、実際こうして出てくるまで分からないのだから、軽率な人間はしょうのないものです。
 なるだけ人の通らないところ、人気のないところを探していきますが、そうすると今度は私が怖くなってくる。
 いかにもバカです。どうしていいやら分かりません。人がいるところは駄目ですが、人がいないところで作業してたら、ふいに通りかかった人が肝を潰すことはその三倍でしょう。しかもそれがお巡りさんだったりした日には、どうしていいか。
 ――ほんの小さな、小さなものなのですが、それでもこっそり誰にも知られぬように埋めようと思ったら簡単ではない。しかも私はそれを出来れば、ずっと掘り返されたくないのです。
 うっかりしたことでした。自分には育てられないからと気をつけていたのですが、つい、やってしまったのです。
 ソレは一度生存の手ごたえを得るとどんどん成長して、じき器を内側から押し返すほどになってきました。
 そして日毎にむくむくと大きくなっては、気欝な私に「どうするんだよ」と問いかけてくる。それでとうとう、今夜それを棄てようと決意したのですが。
 十分ほども近所を彷徨しています。私はこれはやり切れないなという予感がしてきました。最後の勇気が湧かないのです。
 全く中途半端な人間のすることはぶざまです。すべてを解決してくれる理想の土地を探してウロウロ歩き回った挙句、きっとため息をついて、ビニル袋をがさがさ言わせながら家に帰り、そして翌日、紙袋で梱包して生ゴミに出したりするのでしょう――。
 私が言っているのはジャガイモのことです。ふと芽を出したので水をやってみたら、あれよあれよと本葉が八枚も出るほど大きくなってしまった。
 しかし私は奇妙な気持ちで夜の町を歩きながら、勿論考えていました。
 これは、何かに似ている。きっと誰かがたどったことのある道筋に似ている。
 あーあ。













 アパートに帰りつく頃、枯らしてしまった植木鉢が一つ、ベランダに打っちゃってあることに気付きました。
 土をほぐし、ビニル袋からにょきにょき根や芽の出たジャガイモを出して、突っ込んでみました。育てることにしたのです。
 どうなるかは分かりませんが、とりあえず毎日、水をやってみようと思います。

(EOF)



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