師走




 寒い日の昼下がり、けんちゃんとおとうを殺して旅に出た。
 部屋の中にいても凍えるような寒い日で、昼になっても空は真っ白で、ずっと米のとぎ汁みたいにぼやけていた。
 けんちゃんのスクーターに乗って北へ向かった。中古でバタバタ変な音のするスクーター。走るのもやっとのスクーター。
 高校の時からあたしとけんちゃんはそれにまたがって、地元の県道を走っていた。けんちゃんはいつも猫背。腕を回すあたしもだらしない。だらしないことが天性のような二人。
 おとうは、けんちゃんのことが嫌いだった。あたしのことも嫌いだったかも。にしても、ひどいことしたなあ。
人でなし。
 どうしてあたしは、小さい頃から人として当たり前のことが、当たり前に出来なかったんだろう。



 けんちゃんが公衆電話から友達に電話をする間、あたしはスクーターの横で、すごくさびしいバス停のベンチに座っている。
 足元に伸びる道はしっかりしているけれど、山なりにくねって、上りも下りも、カーブの中へに消えていた。
「やべ。バレてる」
 けんちゃんが電話ボックスから戻ってきて言った。
「死体、見つかったって。お前の伯母さんが、鍵開けて」
 それからまた二人で走った。山道に、スクーターのタイヤが潰れていく。ガソリンが減っていく。速度が、落ちていく。
 あたし達は、北へ向かっている。
バラバラというエンジンの音がする。
 あたしはけんちゃんにすがり付いている。けんちゃんはスクーターにすがり付いている。
 スクーターは、二人分の重みに沈んでいく舟のようだ。
「早く新潟に着かないと。田舎だと目立つ」
 耳をつけた背中に、けんちゃんの声が反響する。
「職質来たら…、長岡から遠出したって、言うんだぞ」
 けんちゃんはまだ、捕まりたくないんだね。
 あたしはどうかな…、眠たいな…。
知らなかった。人殺しって、眠いんだ。今落ちたら、体から力が抜けて、地面に飲み込まれちゃうってような気がする。
 それが怖い。
だから走ってる。
止まったら、沈んじゃうから。



追いかけてくるんだろうな。
追いかけてくるんだろうな。



 あたし達は暗い空の下でスクーターに乗っている。スクーターに乗っている。
高校の時からずっと乗っていた。
 長い長い道路の上を、あたしはけんちゃんにすがりつき、けんちゃんはスクーターにすがりつき、スクーターは沈んでいく舟のよう。
 無言で走っていくあたし達のことを、黒い山が見てた。



(EOF)




<< 戻る