・・パキラ・・
未だに女の家に上がりこむことに抵抗があるのだと彼は言う。欲望に直結した行為のような気がするじゃない? と説明するその男は言葉の使い方が上手で、いつも誰も傷つかないような言い方をすることを心得た営業畑。靴を脱いでも落ち着かない心地を紛らわそうと今夜も殊更に世間話を始めた。 「これさ、この植物さ、この間も思ったんだけど成長しすぎじゃない?」 「パキラ?」 ビアグラスを用意しながら背中で答えた。 「そう言う名前なの? 葉っぱ繁り過ぎだろ、どうみても。…うわっ、この裏すごい。根っこがすっごいはみ出してる。植え替えした方がいいんじゃないの?」 「植え替えってどこに?」 「いや、もう一回りでかい鉢とか…。何かかわいそうだよ、これ」 「枝、切るのがええんかなとは思ってるんやけど。そういうことしたら枯れちゃうかなあ、やっぱし」 「うーん。枯れそう」 濡れたコンビニ袋から発泡酒を取り出して、空いた方の手に二個グラスをぶら下げて流しを離れた。ロー・テーブルに運んでいくと、彼はまだ神妙な顔で小さな鉢植えを睨んでいた。 「何してんの」 「気、送ってる」 「はァ?」 「それ以上あんま大きくなるなよーって、苦しいぞーって」 と、緑色の葉っぱを撫ぜる真似をする。 「気、送ってんの」 「うん」 「枯れたらどうしよう」 「失敬な」 色々と脱線してしまいそうなのでさっさとビールを盛った。私のほうは今日はどうしても、どうしてもやらずば気が済まない様な状態なのだ。放っておくとこのお兄さんはビデオを見ようとか言い出しかねない。 黄緑色のカーペットの上で、陰謀を押さえつけて一緒にビールを飲んでいると、外で雨が降り始めた。 「あ、雨だ」 「梅雨やねえ」 私はグラスを置いた。そして両手を後ろにやって刹那身体を離しながら、そのくせ彼にネクタイ取らないの? と尋ねた。 ひとしきりベッドの上で探り合う。やっている事が普段と違うわけではないけれど、本日私は赤信号で、その勢いに彼はしまいに苦笑した。 「あんまし声出すと…、聞こえるよ」 「もういい。気にしてない。止めんといて」 「アレ頂戴。ゴム」 「ない」 「え?」 「切れたの」 「なんで早く言わないのよ。コンビニで買えばよかったのに」 「もおええよ。無しでやろ」 「やばいよ、そりゃ。ちょっと買ってくる」 「ダメー!」 起き上がろうとする首根っこにかじりついた。 「ちょっとちょっと、すぐだって」 「やだ。このままやんの」 「おーーーい」 「ええやん子供出来たら出来たで! たまには無しでしたい! 何も間に無しでしたい!」 「………」 あ。気が付かれた。そう思うとぐったりなった。 反射的に顔を背けたら、耳の側に唇が当たった。 「…あーちゃん。ゴム、出して」 「うーーーー」 あっつい涙がにじみ出る。 「あるんでしょ」 …あーちゃん最近疲れてる? なんで。 ちょっとバランスおかしい感じするよ。おととい桂さんと大喧嘩したって聞いたし。 …あいつバカなんやもん。言ってることめちゃくちゃ変。 でもみんなの前でってのはやばいよ…。 分かってるよ。分かってるけど、押さえられへんかったの。 会社ってみんなでやっていくとこだからさ。 ……辞めたい。 え? 9時から9時まで、みんなで机の前座って、みんなで会議引き延ばして、みんなで飲んで終電で帰る。 あーちゃん。 気が狂いそうや。二年後も、十年後も、二十年後もおんなじことしよるんかと思おたら、あたしもう、耐えられん。…会社辞めたい。 会社辞めて、どうすんの。 …とにかく、やめたい。 それってヤケだよ。あんま怖いこと考えないでね。あーちゃん時々すごく思いつめるから。そういうストレス、上手に上手に消化していかないと…。 ……………… 制服を切り刻みたい。朝礼を爆破したい。ディスプレイを蹴り飛ばしたい。メールアドレスを消したい。部長に熱湯かけてやりたい。書類を燃したい。屋上の柵を越したい。 死にたくない。死にたくない。腐りたくない。 自由に生きたいよう。 朝一で横浜のお客さんに会う約束があるから。 と言って彼は早くに出る。明らかな寝不足に目の奥がじんじんするのも無視して、コンタクトレンズを入れ込んだ。こいつもメイク道具と一緒に川に叩き込んでやりてえ。 部屋に戻ったらロー・テーブルの上に、緑色のパキラがいた。それは飲み残しの気の抜けたビールと一緒に並んでた。 ばさばさに茂った葉っぱは、帰りたそうに見える。熱帯のジャングル? 疾風のサバンナ? それとも広葉樹の森かな。帰りたそうに見える。 だけど私には彼を連れて帰ってあげるだけのお金も有給もないので、そっと拾い上げて窓辺に置いた。 「もうそれ以上大きくなったら…あかんで」 葉っぱは分からんように左右に揺れた。 「だって苦しいやろ?」 言ったら鼻の奥が痛くなる。私は両手を腰に当てて、しばらくその場に突っ立っていた。 鉢を植え替えてどうなるの。またすぐ窮屈になるだけだ。私とパキラが求めているものは、そんなものではない。 説教功を奏さず、私のパキラは今日も精一杯でかくなろうと努力している。それが生物の本能だと気がついたころ、彼とも切れたし会社も辞めた。 ---EOF- |
03.06.29 to be continued |
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