有り得ない傷






「右胸の肋骨
終わりから二本目と三本目のあたりにね
下向きに一本矢が肺を破っている
赤紫の縹(はなだ)でね
脈が打つ度ぶるん
ぶるんと震えるんだ」









「いやあ嘘だよ平成の世に
流れる矢などありはしまい
無いさ勿論嘘なんだよ
痛みがあることそれ以外は」









「お昼に食べた定食の中に
硝子のかけらが混じっていてね
それはもう爽快に食道から胃臓を切り裂いたものだから
最近はもう腹が減って
腹が減っちゃって仕方が無いんだ」









「いやあ嘘だよ胃を無くしたら
人間生きていけないよ
無いさ勿論嘘なんだよ
枯渇しているそれ以外は」










「無いはずの穴
透明の矢
無いはずの飢え
有り得ない痛み
そういったものの話をどうやってしたらいいのだろう
有り得ない傷
有り得ない傷
有り得ない傷…」










「友達よ 言葉遊びじゃないんだ
実際に存在する有り得ない傷の話さ
そら君の胸にも空いている其れさ」









「昨夜 夜道を一人で歩いていたらね
チャンリコで追い抜きざま背後から脳を刺された
今も風が吹くたびずきずきと耳が鳴って
鉄の刃が側頭に冷たく残留してる」










「いやあ嘘だよそんな奴なんかいない
刺されてない以上傷なんか
無いさ勿論嘘なんだよ
今もポタポタこぼれ続ける
見えない失血を別にすれば」












モドル