花 の ワ ル ツ





夕暮れに掠れるバス通りの狭い歩道に
老いを覚え始めた夫婦がいた
夫とてそれほど溌剌と歩いているわけではないが
妻は堪えられずよちよちと引き離されていく
衣服は決して色褪せてはいないけれども
滲み出す 隠しようの無い 肉体の衰え



いいえ だからといって
わたし達は忘れたわけじゃない
わたしも昔は花の乙女
夫も昔は花の騎士
わたし達の昔話を聞きたがる者は誰もいないが
それでもわたし達はまだ覚えている
花のワルツのメロディを



彼らを押しのけるようにして
若い女性が二人追い抜く
彼らにしてみれば見たこともない格好をして
使ったことの無い言葉を誇らしげにかざして



けれどもわたし達とて忘れたわけじゃない
わたしは花の乙女だった
夫は花の騎士だった
わたし達はまだこんなにもどうしようもなく覚えている
花のワルツのメロディ
花のワルツのメロディ





彼らを見送って十五分後
わたしはバスを途中下車した
辺りはすっかり暗くなって
空気はぬるく
巨大な水底の様だった