千羽折れ
       
         五十三年やはり長く
           もはや熱線はほほをなめず
        涙がでるのは想像力のためで
        感傷のきらいを避けがたし

         うら白き手を合わするこどもらが
        薄目をひらき笑いはせぬかと
        テレビをのぞく我が腹の内
        それを期待もしている背中

         緑葉はひろしまを飾り
        美しき夏の朝をつくりおり
        すがすがしい日
        我々は苦しみ抜いた先祖達の
        からみつくうめき声を終日耳に宿す
         かたかなのひろしまが
        疎ましくなる夏もある
        この町の子孫であるばかりにと

         市長なんぞが文を読み
        灯籠なんぞを流すとて
        浮き世の流れに逆らえようか
         逆らえたとして灯火が
        消える午後などきはしまい
        何年祈りを捧げようとも
 
         だが我々はせねばならぬ 
        つるを千羽折りながら
        願いかなわず
        無力に死んだ少女のように
         ばかげたことであったとて
        こころはこころ
        千羽折れ

         久遠の時越え人々よ
        愚かに千羽を折り続けよ
        その愚かをやめるとき
        我々愚昧の徒に明日はない

         幾度火をかけられたとて
        こころはこころ
        千羽折れ






                  一九九八年 八月六日
                        東京にて




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