コントラコスモス -7-
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東部第三墓地の墓守はかなり気前よく買収されたらしく、我々に親切だった。 「では、どうぞ。私は入り口で見張ってますんで。何かあったら、はい」 と、充分な灯りを置いて階段を昇っていく。小さな部屋には机と、布を被って横たわる遺体のほかに何もない。 我々は重たくなった外套をよいしょを脱ぎ捨てると、ともかく一息吐いた。 「ひでえ雨だ」 「上限二時間だな」 「了解。しかしまァ、手当ては弾んでもらうぜ、ミノスさんよ」 と、腕をぐるぐる回すのはヤナギの医師である。夜中叩き起こしたにも関わらず、とりあえず一杯引っ掛けてやってきてくれた。 「今回は大丈夫だ。スポンサーがいるからな」 「大いに期待しよう。さて、ホトケさんとご対面致しますか」 こういう職業の人間に付き物の無神経さで、ヤナギの医師は白い布を一気に引き下げた。あまつさえ、遺体の顔を見て口笛さえ吹く。 「やあ別嬪さん。どこで商売してたね? 残念だこと。二十四、五といったところかな」 身長約162cmくらい。体重は多分48〜52くらいか。髪の毛は長い金髪で、肩の辺りでゆるく縛ってあった。 硬直を押してきちんと寝かされているし、髪の毛も死後のはからいだろう。加えて、初聖体受領の時みたいな真っ白い衣服を着ていた。 「どこかに注射の痕があるはずだ。それを確認するのと、念のために口腔、胃、直腸なんかも一通り調べるぞ」 「ハイハイ」 私は道具を机の上に広げると、袖をまくり上げ、初めて近場から女性の顔を見た。 「!」 ちょっとびっくりした。見覚えのある顔だった。 夏至祭の時。そうだあの馬鹿げた騒ぎの時、中庭でマヒトと立ち話していた大人しそうな女性だ。 娼婦だったのか……。とてもそうとは……。 身なりも悪くなかったように思うが……。 感慨はともかく、私は被害者の口元に鼻を寄せ、異臭がしないかどうか調べる。それからまだ硬直が抜け切らない顎に手を沿え、唇をめくるともう一方の手を歯の間に入れる。 「匙がいるか?」 「一度誰かが見てる。大丈夫だ」 力を込めて口を開かせる。それから同じように匂いを確かめるが、毒の残り香はなさそうだ。 「じゃ、俺は下を見るよ」 「失礼なことはするなよ」 「こんな真面目な男を捕まえて。失礼するよ、お嬢さん。 ん――」 ヤナギの医師は数分の間、めくり上げた白布の下に灯りを寄せ、手を動かしながら唸っていたが、 「何もないな。本当に何もなしだ」 「精液の残滓や傷もないか?」 「新しい傷はない。そういう犯罪じゃなさそうだ」 「そうか」 聖庁内のバカな坊主が、女を手に入れるつもりで薬で眠らせて事故で殺した。というような筋書きも考えたのだが、どうも違うようだ。 思いながら、髪の毛の間を、髪飾りによる外傷がないかどうか調べる。さらさら零れ落ちる素直な直毛だった。 「さっき一回調べてあるとか言ったな。じゃあその結果は聞いてるんだろ? もう一度調べないとならんのか?」 「信用ならん相手でね。あっちも、こっちも」 「……ふん。まァいいや。君子は深入りせんでおこう。さて、そろそろ中を見せてもらうか?」 「そうだな。折角スポンサーがいる折だ。念には念を入れて、確認させてもらおう――」 ふいに、奇妙な匂いを感じた。 『感じた』というのは変な言い方かもしれない。しかし彼女の内部を暴いている最中、私はその匂いを嗅いだというより、確かに『感じた』と思うのである。 「……なんだ? この匂い」 「は?」 「何か……、何かの……」 「? 特に感じねぇぞ。毒の匂いか?」 「いや……。違う……」 眉をしかめているうちに、匂いは判らなくなってしまった。そもそも嗅覚なんて曖昧なものだ。鼻もすぐ、刺激に慣れて鈍くなってしまう。 結局それが何か判らないまま解剖は終了したが、確かに胃腸の中に毒物が通ったらしき形跡は見つからなかった。そもそも、内容物がほとんど存在しないのだ。 「二、三日食ってないような感じの胃だったな」 「……それほど生活に困ってたようにも思えないが。ともかくやはりこの左肘の内側からの、注入か」 遺体を簡単に修復し、服を戻し、布を戻す。後はコーノスが手を回して、棺に詰め込んでくれることになっている。身よりも仲間もない娼婦の孤独な葬式の場合、こういう点も実に楽だ。 「…悪かったな」 流石に少し良心がとがめ、井戸の傍で手を洗った時、付近に咲いていた雑草の花を摘み取り、彼女の手に滑り込ませておいた。 「それにしても滅多になく穏やかな殺され顔だこと」 帰る間際に、荷物を引っさげてヤナギの医師がそう言った。 「こんな優しい女殺したんじゃ、やった奴もさぞや寝覚めが悪かろうよ」 -つづく-
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