コントラコスモス -24-
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「どう? ちょっとピンクすぎる? 林檎ちゃん好きだと思うけどね、こういう感じ」 花屋は手早くまとめた花を、側で見ている男二人にかざした。そろそろ勿体無くなり始めた蝋燭の明かりの中で、生花の瑞々しい花弁が光る。 「これにまたちょっと緑入れてバランスとってもいいけど」 彼女がその言葉を向けたのはマヒトであるが、彼は勿論全くの役立たずで、普段にも増して困惑した微笑を浮かべるだけだった。 「ええと、よく分からないからお願いします」 「はーい。分かりました。まあお金出すのマヒトさんだから一応確認ね」 花屋は側の花壺から青い葉を抜き出し、ここぞとばかり手際よく修正し始めた。 背もたれを抱えるようにして椅子に逆に腰掛けたリップが、眠たげな頬を掌で支えながら言う。 「季節に似合わず派手な花だこと。見たことないけど、なんて花?」 「レリオ・カトレヴァ。ヴェリアの世界一周船が持ち帰った新種の蘭よ。あまり可憐なのでものすごい勢いで品種改良されて、一、二年の間に旧大陸を席捲したの。冬の間に花がつく種は特に人気」 じゃあ高いんじゃないの? という台詞を飲み込んでリップはただ「へー」とだけ言った。灯りの中、花屋は静かな横顔で作業している。 「すみません、こんな朝っぱらからお仕事させてしまって……。急に予定が変更になったもんだから。 ……お前も悪かったな、リップ。珍しく寝てたところを叩き起して」 「気にすんなよ。花でもやればあ? って言い出したのは俺だし、これが最後の別れかもしれないしなー」 とのんびり言ってあくびを一つ。リップは部屋で寝ていたところを午前五時ごろ、この朝型坊主に起こされたのだった。 二人は連れ立って浮き足立つほど寒い通りを歩き、当然閉店している花屋を訪ねた。一七歳になるという林檎が望んでいた花束を作ってもらうためである。 「ちゃんと帰ってくるって」 「さーどうだか。全国から医学生ばっかり三百人以上も集まるんだろ。楽しいぞー。聖庁なんかに帰って来たくなくなるよ」 「いや、帰る帰る」 「にしてもどうするの?」 根元の不要な葉を取り除きながら花屋が言った。 「この時間じゃまだ林檎ちゃん来てないでしょう。あの子の家とか、誰も知らないんじゃなかったの?」 「ええ。ですからミノスに預けます。彼女も朝は早いはずだから、届ける頃には起きてると――いいなあ」 「出発前に怪我なさらないでね?」 明け方の花屋に、押し殺したような大人三人の笑いが響いた。 やがて実に優美で、女性らしい花束が一つ出来上がる。リップはそれを見て、花種といいリボンといい、貴族のボンボンが花嫁候補に贈るような類だと思う。 無論マヒトがそんなことに気づく訳はないから、花屋がそれじゃ、と告げた値段をそのまま受け取った。 「ありがとうございます。これで心置きなく出発できますよ」 「ええ――、あ、でもちょっと待ってください。やっぱりここ、もたついてるわ」 マヒトに渡す直前、花屋が最後の拘りを見せて、気になっていたらしい箇所から小さな添え花を一本間引く。 「うん。これでよし」 「何か違うかあ?」 と、リップ。 「違います」 「あ、それ――、どうするんです?」 添えものだから真ん中の大輪に比べれば実にささやかで小さな花だ。だが白い清楚さに心を動かされて、マヒトは心配げに花屋の指先を見つめた。 「売り物にはならないから捨てちゃいますけど」 花屋の主人は笑う。 「いります?」 「ええ、頂きます」 空いた右手でそれを受け取った。 「ちょうどいいからミノスにあげよう」 リップと花屋は背の高いマヒトが左にものすごくピンクな花束、右に白い花一本を持ち、礼を言って出て行くのを黙って見送った。 扉が閉まると、蝋燭を吹き消してカーテンを開きにかかる彼女に、リップが言う。 「三日間ぐらい労働したほうがよろしいですか?」 「そうねえ。季節柄配達の仕事も多いからお願いしようかしら」 うへえ。と言い出したくせに腐る彼を振り返ると、花屋は少し真面目な声で言った。 「私はさっきの花のうちどちらをマヒトさんからもらいたいかと聞かれたら……」 視線を反らし、手に余ったリボンを絡ませる。 「白い花のほうが欲しいわね」 リップは頬を押さえたまま顔を上げなかった。床を見ているようにも眠っているようにも見えたが、口元は笑っていた。 「そんな難しいお話は――、林檎チャンには分からんでしょう」 窓枠に寄りかかった花屋の眉が少しだけ寂しげに歪む。 |