コントラコスモス -24-
ContraCosmos



 その日の午前はうるさかった。
 林檎の反応はまさに「おー喜び」で、きゃあきゃあわあわあ言いながら花束を胸に抱いたり、遠くから眺めたり香りを嗅ぎに行ったりと、全く仕事をしない。
「あたしマヒトさんに手紙書きます! この嬉しい気持ち一月も我慢するなんて無理だもん! 絶対無理!」
 耳に栓を突っ込みたい気持ちを我慢しつつ一人で仕事をする。リップはリップで
「いや、俺だって明日から労働なんだけど……」
と、やや不満そうだ。実際これはマヒトからというより、リップと花屋も併せて三人から、というのが妥当だろう。
 だが、舞い上がった一七歳に理屈が通用すると思うほうが間違いだ。二三日はこの状態かと思うと私はかなり鬱だった。
 昼頃、モグリの歯医者、ヤナギが遊びにやってくる。彼は正午、大道を通って医学僧達が旅に出発するのを見たそうである。それを聞いた林檎が飛び上がる。
「マヒトさんいました?! いました?!」
「いたいた。十二、三人の中でもあいつ大柄なもんだから、頭一つ分飛び出してやがってさ」
「あたしも見に行けばよかった! ミノスさんひどいよ、なんで教えてくれなかったんです?!」
「いい加減にせんか、バカ林檎」
 喧嘩を始めた私達に、ヤナギが頭の後ろを掻く。
「なんつーかアレだな、あいつ面構えが変わったなあ。髪の毛が伸びてきたせいかもしれないけど、ミョーに目立つような感じでさ。ま、俺は奴のこと知ってるからそういうふうに見えるだけのことなんだろうが」
「どうかねえー」
 リップは目を線にしたまま、犬がテーブルに顎を乗せて休むみたいに体をぐんにゃりさせていた。
 ヤナギが一杯飲んでつまんないと言って帰り(喧嘩相手が不在なのだ)、林檎が表を掃きに外へ出ると、やっと店内は静寂を取り戻した。
 濡れたカップを乾布で拭きながら、カウンターの上に飾られた花束を見る。その薄紅の花弁にぼんやりしていたら、リップが薄笑いを浮かべていきなり言った。
「ミノス、孤独って素晴らしいよな」
 思わず吹き出した。笑った時、胸元でせき止めていた蟠りがどっと破けて途端に、全身が軽くなったような気がした。
 リップも嬉しそうに白い歯を見せてヒヒヒと笑う。
「なあ? 孤独って最高だよ」
 私は背を棚につけて下を向いたりしたが、どうにも収まらず、林檎が戻ってきて気を悪くするまで一人で笑っていた。
「何ですか?! 何ですかぁ?!」
「いやいやいや」
 手を振る私の奥の扉を開け、階段を下りると、工房のドアが現れる。それも開いて中に入れば、窓の側に粗末な空き瓶が置かれていて、その中でマヒトの呉れた花は小首を傾げ、一人静かに、息をしている。


-了-





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