コントラコスモス -26-
ContraCosmos



「あら、一人?」
 花屋の主人が店に顔を見せたのは、年が明けて五日後の夕方のことだった。既に店は平常どおりに開いており、さらに平時にも増してがらんとしている。
 彼女が探すのは林檎のことだ。実は年末に別れて以来彼女から連絡がない。もしかすると家族に何か言われて来づらくなったのかもしれなかった。
「まあそのうち来るんじゃない。来ないなら来ないで、そのほうがいいのかもしれないし」
「そうかしら。寂しくない?」
「家族といた方がいいよ。どっちにしろ私らじゃ代わりは勤まらないし。……何か飲む?」
 花屋は珍しく用件も告げずにドアの前に留まっていた。私は何か話でもあるのだろうと思い、飲み物を勧める。
「もし大丈夫なら、とっておきの薬草酒もありますが」
「本当?」
 上目遣いの提案に応えて花屋は笑った。
「修道士さんとかが作るような秘密のレシピのやつよね? ちょっと飲んでみたいな」
「じゃ、どうぞ」
 彼女はよくマヒトが座っていた席につく。肩にかけたマラガ織の蘇芳が本人の聡明そうな青い瞳にとてもよく似合った。
「ミノスさんって、実は色々やってるのね。解剖も出来るって聞いたけど」
「まあ花屋が鉢の銘柄に詳しくなるようなものじゃないかな。長くやってると自然とね。その代わり縫い物だの編み物だのは……」
 鮮やかな赤い色の酒を高足のグラスに注いで差し出した。
「いいのよ、そういうのは巧い人が別にたくさんいるんだから、やってもらえば」
 わざとらしく拗ねたような口調からすると、花屋もどうやらダメらしい。笑いながらグラスにきれいな唇をつけ、すぐに離した。
「あ。さっぱりしておいしい」
「まあこれは手前勝手に作ってる酒だから、気楽に飲んでいって」
「ありがと。薬効もあるの?」
「うーん。もうちょっと真面目な奴ならあるんだけど。これは私が味と見た目重視でテキトーに作った奴だから、お慰み程度かと」
「そうお」
 花屋はグラスを傾けた。それがまた水平に戻ったとき、減りが早いのに私はちょっと驚く。
 この酒は切れはあるが、酒精は結構強い。一口で多量に飲むような類とは少し違うのだが。
 しかし、ほとんど他人に飲ませたことがないから、実際はこんなものなのかもしれない。思い直し、二杯目が必要かと瓶に手を伸ばした時、突然商売が舞い戻ってきた。
「ミノスさん、聞きたいんだけど、堕胎薬なんかもあるのかしら」
 私はそのまま彼女のグラスに追加を注ぐ。それから、コルクを戻しつつ、何食わぬ顔で彼女を見た。



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