コントラコスモス -39-
ContraCosmos


 教皇が憤怒と屈辱と逡巡に私室で転げ回り、枢機卿連が怒鳴り合っている間に、キサイアスの軍隊は庁内を洗い始めていた。
 地下に連なる倉庫に、高位聖職者の私室に騎士が立ち入り、怒号と抗議を武力で退けて財を集め、馬車に山積みにしていった。聖庁の富は価値があやふやになるほど嵩高で、黙々と行われるそれは落ち葉を掻き集める行為にどこか似ていた。
 邪魔をした僧侶達は下位聖職者の寝起きする僧房へ閉じ込められ、彼等は硝子窓に張り付いてその様子を見送るほかなかった。中庭には職務に忠実だった近衛兵らの、血まみれの死体がゴロゴロ転がって風に吹かれていた。
 王は側近を連れ、見通しがよくなった高官達の部屋を颯爽と見物して回っていた。天蓋つきのベッドや、豪華な刺繍の入った厚いカーテン、最高級の綿を使ったシーツ。取り上げた絹の枕を再度放り出しながら、側の騎士に呟く。
「凄まじい贅沢と浪費振りだ。銀行家ヴェストファリアの比ではないな」
「はい」
「ありとあらゆる種から搾っても搾っても足りんわけだ。下劣で品のないものも見つかる。……キタイ」
「はい」
「カイウスから報せはあったか」
「まだです」
「事態を察していたと見えるな。馬鹿ではなさそうだ、毒師ヤライの娘は。
 ……どこかに薬物庫があるはずだ。探し出し、そこにある劇薬を俺のところへもって来い」
「は?」
「カイウスは信用に足らん。あれの言うとおり、まことにヤライの娘がここにいたなら、聖庁に作品があるはずだ。確認をしておく。
 それに、聖庁が何世代にも渡って集めた毒だ。さぞ面白いものが見つかるだろう」
 頭を下げて側から去った騎士は、その後キサイアスが反対の棟に移動したところに再び追いついてきた。主人の問いたげな眼差しにごく僅か渋い顔で、布の被さった大きな銀の盆を捧げる。
 それを払うと、下には実体を失った硝子瓶の成れの果てと無数のガラス片がカチカチ震えているだけだった。
「――……」
 キサイアスの顔に不愉快げな皺が寄る。声は硬く、冷静なものだった。布を戻しながら、
「これを管理していた者を逃がすな」
「はい」
 この動きとは別に、一群の騎士達が大聖堂に官僚を集めていた。奇妙なことに彼等は人選をしていた。指揮にあたる男はメモらしき紙を持ち、はっきりとこれこれという名の者を連れて来いと命令するのだった。
 コーノスは小さな荷物を持ち、執務室から出ようとしていたところを二人の兵士に咎められた。
「内務院参務次官コーノス殿か」
「そうだが、私は昨日罷免された。もう次官ではない」
「構わん。一緒に来ていただこう」
「…………」
 コーノスは二つの甲冑と二つの剣に挟まれて連行された。大聖堂に到ると、三十人ばかりの官僚達が既に集められ、不満げにざわざわ語り合っていた。
 内務、外務、内赦、侍従。階級も年齢も所属もバラバラだ。唯一つ、コーノスは全員を貫く特徴を認めた。即ち聖職者は一人も混じっていない。全員が俗人だ。
 彼の後にもう二人加えられ、指揮官はメモを畳んだ。それから鐘楼に続く扉を開かせると、集まった彼らに顎で、昇る様にと示した。




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