scene 2





 音と灯りと装置とが大体定まると、衣装をつけた役者とスタッフとで、順次きっかけと転換の確認をしていく。稽古場に同じくらいの寸法で枠や代替物を用意するとはいっても、やはり実際に動かしてみると見え方も違うし不都合も出てくる。
 装置の場合は重さもある。また役者に衣装替えや、出方によって、上下の移動がある場合はその分の余裕も確保せねばならない。
 だから稽古場で固まりかけていたものも、劇場では一旦ほつれる。そのほつれを現場に当てながら一つ一つ修正し、稽古して全体の形を整える先に、初日の姿が見えてくるのだ。
 この段階になると、スタッフ、キャストの枠もなく、本番当日を乗り切る仲間の全員と一日中同じ空間で、協力して作業することになる。スケジュールは違うけれど、概して朝から晩までみんなで薄暗い釜の中にいる。同じ船に乗ってるといってもいい。
 ジダンはこの時間が好きだ。
本番よりも好きだと思うこともあるくらいだ。
 真っ暗けの、時の流れから切り離されたかのような箱の中で、客を驚かせるための仕組みを、大の大人が必死になって延々と仕込み、調子を整え、仕上げていく。
 お化け屋敷の設営の楽しみは、こんなものじゃないだろうか。ジダンは勿論、舞台に芸術の花が咲くことを知っている。だが、裏方の原動力はもっと手作り的な楽しみにあるのではないかと思うのだ。
 ごちゃごちゃ作る楽しみ。自分の手で、自分の国をなんかもうごちゃごちゃ作り上げていく楽しみ。舞台なんて、基本はそういう子供の遊びに大人のセンスとノウハウを合体させたもので出来ているのではないかと思うのだ。きれいな舞台を作り上げても、基底にその悦びが光っていなくてはつまらない。
 ジダンはスタッフが一生懸命に高機能の仕掛けをしている舞台が、たまらなく好きだ。時限付きの仕事をしていながら何もかも忘れてつい一緒にのめり込む。挙句、その出来栄えには誰よりも自分がにやにやしてしまうのだから世話はない。
 一方、舞台袖では、初舞台で転換のコツがよく分からないヨシプに、皆があれこれと世話を焼いていた。舞台転換をすっきりと見せるにはコツがあるが、ヨシプは不慣れなのである。
 デミトリが世話焼きの性をさらして、暗転の中での移動について彼に手取り足取り指導していた。
「だからもう体でそこまで何歩、と覚えとくんだよ。暗い中で背中かがめてのそのそ動くのはみっともないから絶対するな。こっちは明るいところから急に暗くなって目が見えなくなるが、前列の客には案外分かったりするからな。
 あと、お前みたいにでかい奴が躓いたりしたら音が入っててもごまかせないぞ。人のを見ながら、これからの稽古で勘をつかんどくんだ」
ヨシプはジダン眼鏡をかけて普段のまんま、頭の後ろを掻いていた。
 と、演出からもう一度今の転換部を確認するぞ、と声がかかる。




 夕方から一度通した。
それが終わる頃には夜になっている。
 中では照明担当の指が明暗の全てを支配するから分からないが、外では時間がどんどん流れているのだ。
 時計を見てジダンは、もう一日が終わりかけていることに愉快と充実のないまぜになった疲労を覚えた。 間違いなく草臥れていて眠りたいのだが、帰りたくもない、まだやりたいという不思議な気持ちだ。







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