scene 2
十三日のソワレ(夜の部)が終了した時、――――列をなしてロビーから帰る客の背中の中に、LDのそれがあったように思った。 咄嗟に声をかけようかとも考えたが、間遠かったし、確証はなかったし、或いはクリスティナのおぼろげながら妙に強い警告が心に引っかかっていたのか、そのまま見送った。 そこに肩をぽんとやられる。 振り向くと、ヤコブ・アイゼンシュタットだ。目が覚めるように懐かしい感じがして、思わず抱擁した。 「来てたのか、仕事中毒。楽日まではパリにいるんだろうな?」 「ああ。一段落着いたからな。しばらくはいる」 「ならいいが。年なんだから体のことも少しは考えろよな。そのうちぶっ倒れるぞ?」 ヤコブは何か虚無的な笑みで彼の小言を聞き流した。 「芝居は、面白かったよ、ジダン」 「――――ああ。連中を直接褒めてやってくれ。楽屋へ行こう」 ヤコブを連れて舞台裏へ続く狭い通路を行く。袖で忙しく立ち働くスタッフらの間をすり抜けた。 「俺が云々というより、あいつらが毎回、楽しそうにやってるのが理由なんだ。今回はみんな若いせいか、その要素が本当に大きかった」 「そういう場所まで彼らを連れて行ったのは君だ。 元『α』の連中も、以前とは種類の違った演技をしてるように見えた。それにヨシプだ。…一週間で別人かと思うくらい違ったぞ。驚いた」 「ああ。あれには皆、驚いてる」 「それに彼女も――――」 楽屋前の廊下では、ちょっとした騒動が起きていた。ミミの旦那と子供がやってきていたのだが、彼がカメラを持っていたので、写真大会になっていたのだ。 他にカメラを持っている役者までもが、「ちょうどいい、この機に」とばかり寄り合って写したり写されたりしていた。ジダンとヤコブの見守る中で、着替えてメイクを落としたばかりのキャストと、付近のスタッフ達まであちこちで固まりになり、フラッシュがおどる。 ヤコブ・アイゼンシュタットの桜の花はミミと、飾り付けられたミミのジト目の娘と、デミトリなどと一緒にカメラに向かっていた。隣にはヨシプがいて、彼女はその腕を取り、弾けるような明るい笑みを浮かべていた。 その頬はもう、過去の痣のことなど忘れたように、輝いている。 少し離れたところから、ひどく長く思われる数分の間、その有様を眺めた後、 「…見違えた。 ――――よくやってくれた。ジダン」 ヤコブはそう言った。彼女を見守る彼の視線は、以前にも増して遠く寂しくなっていた。 こういう彼を見るたびに、ジダンは引き比べて自分のことを考えざるを得ない。 彼は自分の天使であるアンヌに、手紙とチケットを送ったが、その日付はとっくに過ぎていて、招待客のリストの記録も、彼女の未来場を示していた。 公演は残り一日、明日のマチネの一回だけだ。 ――――いや、明日のことなど考えるより先に、自分はもう負けているのかもしれない。 自分は確かに幸運には恵まれすぎてここまで来た。これ以上の期待は、まったく無理だろう。 何もかもに、答えが用意されるとは限らない。全ての問に解があり、全ての欠落が補填されるなんておとぎ話だ。公道はまめに舗装されても人の道は、ほとんどの奈落の埋められぬまま、地球と一緒に回っていく。 そして実際、それが自分の人生なのかもしれない。 こぼれた牛乳のことを悔やんでもしょうがないと言うではないか。公演が終われば、自分は両手が空でもどこかへは歩き出さねばならない。 芝居の中でも、JRは少女に逃げられたままだ。 「ろくでもないものが来るぞ」とジャン・バチストに警告されながらも彼は一人、何かを待ち続けているところで芝居は終わ |
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