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L'inutile
不誠実
舞台演出家のジダンと、役者のヨシプは11区のアパルトマンに住む同居人。 むさくるしい彼らの家にはゴムノキの鉢植えが一つ。他に緑は何もない。 以前、インテリア雑誌の大好きな友人アキが、セロウムとかいう植物の鉢植えを買ってきたりしたが、ほこりだらけにしたあげく半年で枯らしてしまった。 二人ともそれを黙っていたのにアキはあっさり顛末を察して「どうもこの家に植物は向かないみたいね」と言った。 「他者を育てることなんかに一ミリも興味のないヨシプはともかく、ジダンまで世話しないなんて――。 植物、きらいなの?」 「いやまさか。大好きだよ」 「そうよねえ、花の名前も結構知ってるし。単に育てるのが下手なのか。緑の指がないってヤツ?」 「そうかもしれないね。悲しいなあ。なんとか生き残ってくれてるのは、このゴムノキだけだよ」 ヨシプは黙っているが、この家で植物が枯れて、鉢が墓標になるメカニズムを知っている。 ジダンは植物の世話を見るときは一週間連続で見るが、見ないときは平気で二ヶ月でも三ヶ月でも放っておくのだ。乾燥する季節だろうが、元気がなかろうが、眼中にない。 植物を育てる人なら誰だって知っていることだろうが、観葉植物の鉢植えだって、青々とさせようとしたら簡単ではない。三ヶ月毎、一週間の水やりでなんとかなるくらいなら世間は緑の園である。 だから本当は、ジダンは植物が大好きだなどという資格はないのだ。それなのに彼はちょくちょく花屋の前で足を止める。しかも切花ではなく鉢植えの方へ目を向ける。 やめときゃいいのにミニバラの鉢なんか買ってきて、花が終わってもいないのにすぐに枯らしてしまうのだ。 ヨシプがカラカラになった土の中で枯死している憐れなバラを見つめながら耳掃除をしている時、背後の部屋では彼はぶっとおしでものを書いている。好調な時には植物のことなんかちらりとも思い浮かばない。彼が緑を求めるのは、不調な時だけだ。 おんなじことは、異性に対しても言える。彼はいつも女の子と仲良くしたがっているが、自分が気楽な時には見向きもしない。 アメリカにいるという彼の思い人に対してだって、それこそ三ヶ月も便り一つ送らないことがある。 それでいて困った時には泣きの入ったメールをいけしゃあしゃあと投げたり、ヨシプの目の前で惨憺たる国際長電話をしたりするのだ。 ヨシプにも不誠実ということがどういうことか分かってきた。 彼は断じてジダンの鉢植えの世話などしない。 (了)
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