L'inutile
夢としりせば







 二週間後。
アイリッシュエールを出す店で、忙しいクリスティナとポテトをつまむ。
「オノさん、今、東京に帰ってるわよ」
「あ、そー。あれは勉強になったよ。ありがとな」
「ふーんだ。あんたってホント年上に弱いんだから。骨の髄から毛の先までマザコンで出来てるわよね。Tボーン・マザコン・ステーキ」
「うるさいなあ。年上なら誰でもいいってワケじゃないんだぞ? アジア系のマダムにイチコロなのだ!」
「自白してどうすんのよ……」
「それにあのマダム、すごくかわいいじゃないか」
「まあ、ね」
 クリスティナも、そこは争わない。
「戦中の写真を見たけど、その頃からもう同じ魅力があるね。別の空から降りてきた人みたいな、不思議な感じを受ける」
「――昔からそうよ。面と向かって話していても、あの大きな目二つ、なにかぼうとしてるでしょ。
 でもそれが良くて、ついまたその目で見られたくなるの。目の中に花が開いているみたいに……。
 なにかしらね、あれ」

 千年の恋をする少女の目。
小野小町の歌にも似た。
 その言葉を胸の中に秘すると、ジダンにさえ歌が生まれそうな気がした。

「ところで、どうしてクリスティナはマダムと知り合いなの?」
「ウチのジイさんとムッシウ・オノが知り合いだったのよ。彼がストックホルムにいた頃、貿易関係で世話になって以来、家族ぐるみの付き合いでねー」
「家族ぐるみって」
「いや、親族も結構こっちにいたのよ。だってあそこのお家すごいのよ? ムッシウには兄弟が三人いるんだけど、みんな外交官だの学者だのエリートばっかで。聞かなかった?」
「癌の家系だって」
「何よそれ……」
 クリスティナはがっくりする。
「じゃ、『ニイさん』って、誰だか知ってる?」
「――『ニイさん』?」
「いや……。マダムがちらっと言ってた人なんだけど……」

夢の中で。
呼ばわっていた。

「それ多分、人の名前じゃないわよ、ジダン。『にいさん』って年上の兄弟に呼びかけるときの呼称だわ。向こうじゃあまり、年上を呼び捨てにしないの」
 ジダンはコースターを押さえつけるようにエールのグラスを置くと、
「ふうん――」
まなざしを雨にけぶる窓に向けた。






――いいえ、私も楽しかったわ。
実はあなた、私の初恋のひとに少しだけ雰囲気が似ているの。
そのせいか最近そのひとが夢によく出てきてくれる。
独りになるのは寂しいけれど、いいこともあるのね。


夜になれば夢見ていいのだもの。
いくら見てもいいのだもの。










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