L'inutile
扉の閉じた家(後)





『もしもし? クリスティナ。受賞おめでとう』

「あ――……ジダン。なんかもう、遠い昔のことのような気がするわ」

『……どうかした?』

「えーまー色々ね。気が滅入る事態が出来してるのよ」

『リズ・セニエのヘルプに入ったって聞いたけど、そんなにヤバイの?』

「……毎度、お金の問題。オタク社長の代わりにお金出してくれるところ探そうと思ったんだけど、やっぱ難しい感じ。タイミングが悪いのよね。それこそサタジットの舞台ならもう少し売りようがあるんだけど……」

『企業のみなさん休暇前は気もそぞろだしな』

「しかも金額が大きいの。始まる前だったならともかく、ほとんどできたところでいきなり難癖つけられるんじゃ誰だって困り果てるわ」

『……わざとやってんじゃないよね?』

「――まさかあ……」

『まあそれは俺もさすがにないと思うけど。
 今回の受賞で君の実力が知られてしまったら、皆が君を頼りにするようになって面倒な事案も増えるだろうな。君が病気になんないよーに気をつけて。
 一言おめでとうを言おうと思っただけなんだ。忙しいところ悪かったね』


「――ジダン。後先のことを考えずに……、どうしても相手に、自分の希望を受け入れてもらいたい時、どういう手があるかしら?」


『こないだアキが貸してくれた日本のコントDVDに、ドゲザってのがあったけど?』



 勘弁してよ。
 クリスティナは通話を切ったその指でアレックスにメールを送る。


考える時間が欲しいわ。また連絡するから、気持ちを整理するまで待って。


返信。


ごめん。言わなくちゃ言わなくちゃと思ってはいたんだ。
この間も言ったけど、最初はこれを知ったら君がすぐ離れていってしまうのではと怖くて。付き合いが深くなった後は、君を傷つけてしまうのではないかと心配で、なかなか言い出せなかった……。



 ……当たり前じゃないの。クリスティナは顔をしかめた。
 妻帯者と知っていたら近づきはしなかった。自分が五歳の女の子から父親を取り上げるなんて、想像だけでもおぞましい。
 私は同級生や、リシャール・レイザンに嘲笑される、それくらい馬鹿みたいに硬くて、古めかしい女なのに。




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