それは、ベートーヴェンのピアノソナタ第八番の、第一楽章だった。
 ヨシプには曲の知識が乏しい。あの夏の日、陽光溢れるダール家で聴いたのと同じ曲であるかどうかも、はっきりとはしなかった。

 けれど、その感触はそれだった。
 体すれすれのところを車がすり抜けて行く様な、ひやりとする感じ。肉の横壁を爪で引っ掻いているような、危ない感じ。

 そしてその奥から、ふいに現れてくる、沈黙。
 なにもない、荒野。
 誰もおらず。ただの一人も許されない。
 無窮で無限に続く、
 静寂。
 しじま。




 まるで弟の死んだ日
 幾度呼んでも応えなかったあの遠い遠い空のような













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