36.MEMORY







 つまらない事を思い出した。
僕らが昔の物語について話していたとき、
ヌクテが口にした台詞だ。
「そいつはなんで嘘なんかついたんだ?」
僕は言った。
「王はまだほんの子供だったんだ。5歳や6歳だったんだ。
そんな子供に海に死にに入るだなんて言ったら怖がるだろう」
「でも結局そこへ入って死んだんだろう。俺ならそんなのはごめんだな」
 本気で微笑むと驚くほど優しくなる目元に、アルコールが仄かな紅を引いていた。
「どれだけ嘘をついてやっても、最後の瞬間にはその王にも分かったろうさ…。波の下にあるのは都じゃない。窒息だって」
「水に浸かったら後はすぐなんだ。そこで辛い思いをするんだから、その直前まではせめて怯えさせたくなかったんだよ」
「勝手だ」
細い指がグラスの縁をなぞる。一緒に自分の背骨を辿られているような気持ちがする。
「そんな風に誤魔化すから、王は結局何一つ知らないで死んでいったんだ。何故自分がミカドと呼ばれるのか、何故自分の周りで人が争うのか、最後に自分がどうして死なねばならないのかも」
「そんなことが5歳の子供に分かると思う?」
「全部は分からなくても、一つの、その中のほんの端っこだけでも分かったかもしれない。或いは――――分からないなら、分からないということを、知るべきなんだ。
 怖くても、苦しくても、ほんの少しでも、自分と世界というもののつながりや仕組みに触れられたら、
そっちのほうが幸せだ。
 汚いなら汚い。
悲惨なら悲惨。
俺は知っていたいよ。
どんなものでもそれが現実なら」










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