十分―――――、いや二十分ほど経った頃だったろうか。突如、夜明けのように静まり返っていた統治者ルームの中が、騒がしくなった。 もしかすると随分前からコール音が鳴っていたのかもしれない。しかし、意識に滑り込んで来たのはその時がようやくだった。 僕はヌクテの遺体に寄り添っているエテルを置いて、ひとり鈍重に立ち上がった。そして端末の前に立つと、点滅している画面を見る。 そこには、なんだかよく分からない問いかけが幾度も幾度も流れていた。見たところ、数箇所から同じ質問が入ってきているようだった。 もうまともな思考能力が残っていなかった。普段ならそんな真似出来なかったに違いないが、僕は点滅しているボタンを適当に押した。 すると、突然室内にコール音とは別のものが流れてくる。 「…指示願います。第23区に背中に羽根を持った人型の生物が発生…、端末の持つ一次記憶判断名『天使』に該当しますが、メインの判断と合致しません…。指示願います…。第41区に…」 よく分からないが、機械信号を音声に変換する仕組みがあるらしく、室内は突然矢継ぎ早な質問にやかましくなった。 どうやらゲオルギウスの作業は、判断名の削除まで行っていたらしい。外で治安維持活動を行っている5470達は、メインでの判断名『天使』が消された為に同期が取れず、メインの設定で行動していいかどうか警告を発しているのだ。 「…統治代表、指示願います。指示願います…」 「背中に羽根を持った人型の生物が発生…、端末の持つ一次…」 「…ゲオルギウス、背中に羽根を持った人型の生物は『天使』ですか?…」 ちがうよ。 延々と繰り返される質問に、静かな否定が与えられた。振り向きもしないまま高い声でそれに答えたのは、エテルだった。 あたしは、天使なんかじゃないよ。 ピ―――――。 電子音が鳴った後、辺りは急に静かになった。一つの回答が別の問いにも適応されたらしい。 ―――――僕はその瞬間、恐ろしい事に気がついてあ、と思った。エテルの回答によって、判断名『天使』は名実共に消されてしまったことになるのだ。 5470は余程のことがない限り殺人は出来ない事になっている。しかし人間以外は治安維持のためなら「処理」することもありうる。そしてさっきの音声は、背中に羽根のある人型の生物…と言った。 図らずもゲオルギウスの望みどおりになったのだ。 彼は『羽化』した人間達を始末して、もう一度最初からやり直すつもりでいた…… もう、くたくたに草臥れていた。しかし、何かが僕を引きずって、端末から壁面へと向かわせた。 ヌクテの最後の言葉を思い出したのだ。 電源…。と。 壁に埋め込まれたドアを片端から開けると、手当たり次第に落としていった。最初は躊躇があったが、後半はもう破れかぶれといった感じだった。両手を使わないとレバーが落ちないもの、押しながらでないと動かないもの、色々あった。 終わった頃には立っているのも辛くなっていた。テロ防止のために電気系統が統治者ルームに集中しているとは聞いたことがあったが、尋常でない量だった。 その上、またへたり込んで十分ほどした頃、僕はふと端末が動いているのに意識が行った。おかしい。電流は確かにみんな落としたはずなのに…。 そういえば、ヌクテがいつか言っていた。メイン・システムは全てが冗長構造になっていて、単発の事故ではシステムが停止しないようになっている…。CPUも二つ…、冷却装置も二つ…、電源も…。 よろよろしながら苦労して部屋の中を探し回ると、確かにあった。床の一部が開閉式になっていて、そこに同じくらいの数が稼動していた。 僕は電源を片端から切りながら、下を向いていたためかぽろぽろ涙をこぼしていた。その時は、事実モニターが消えたり、端末が警告音を発してダウンしたりした為、これで本当に切れたというのが実感できた。 外で何かがあったのか何もなかったのか、何かあったとしたら間に合ったのか、間に合わなかったのか、モニターが消えた今となっては分からなかった。 ただ僕はエテルの側に戻り、ぐったりと、お互いの身を寄せ合っただけだった。ため息をついたらエテルの手が伸びてきた。彼女は信じられないほど優しく、僕の頭を幾度も撫ぜてくれ――――― |