52.Side-G







「暴言ですよ、カーターさん」
 思わず口を噤んだトードーの人権保護官ウディーノが、立ち上がって彼を嗜めた。温厚な女史もさすがに眉を歪めている。
「軽々しく偽証を疑うような発言は慎んでください」
 午後から質問者台に立っているカーターは、大仰な身振りで勿論すぐ謝る。彼の意図はトードーの語る深刻な話を、終盤に唐突な形で中断することにあった。
「どうも申し訳ありません。でも、あなたも変だとお思いにはなりませんか」
「?」
「証言者の話は、なんだか話しづらいところに来ると、全部ヌクテ君やエテルちゃんのせいになるんですよ。まるで自分は居合わせただけで、あの悲劇には一人だけ関係していない、と思わせたがってるみたいです」
 カーターは弁護士だから、トランプの札を端からひっくり返すように、言葉で場の雰囲気を変えることが出来る。
 トードーの話に呑まれそうになっていた議場は、彼の発言で白昼夢から醒め、普段のこすっからさを取り戻した。氷が解けて分子がぞろぞろと動き出すのに似ていた。
「そういった感想で証言を邪魔するのは止めてください」
「感想ではありません。次の質問があるのです」
「―――――…」
 こうやって彼も敵を作っていく。実に忠実な生徒だと、昨日と同じ場所に座ったクワンは苦い顔をした。
 カーターはさすがに少し不愉快そうなトードーににっこり場違いな笑みを送ると、質問者台に両手をついて口を開いた。
「さて、トードーさん。あなたは良くも悪くも、証言可能なたった一人の生存者です。だから、あなたが言ったことはほとんどそのまま現実として受け止められる強い立場にあります。
 だから例えば本当はあなたがテロリストで、ヌクテ・ロイスダールと一緒にカテドラルに急襲をかけたのだとしても、本当はゲオルギウスを壊したのがあなたでも、その後何かの手違いや仲間割れであなただけが生き残ってきたのだとしても、我々には分かりません。あなたの話すお話を一通り真実として聞くしかないわけです。
 勿論、あなたの精神性は判別機が一応保証しています。しかし昨日ニカンダ刑事も証言なさいました。精神判別機の結果は、巧妙な証言者であれば誤魔化すことが可能だと。
 ―――――さて」
 長い前置きを終えて、クロード・カーターは大きく息を吸い込む。
「私はあなたの証言を聞いて一つ、甚だ妙だと思う部分があります。
 先ほども言いました。情報への不正アクセス、内部情報の漏洩、ゲオルギウスの損壊、そしてニンブス四万の住民の死亡。
 こういった犯罪の行為者として、あなたは必ず死んだ人間と話せない人間を指名している。あなたがしたことはいいことばかりです。何とか5470達を止めようと、電源を切って回った。ご立派でした。 でもそれは本当のことなのでしょうか?
 ヌクテ・ロイスダール君との友情なんてなかなか泣かせます。エテル・ファーレさんとの交流も美しい。
でもそれは本当のことなのでしょうか?
 ああ、そういえばあなたは、文学研究のプロフェッショナルでしたね」
「…私が、事実を脚色して自分を逃していると仰るのですか?」
 トードーの黒い目が、カーターの青い目を見る。二人がにらみ合ったのはこれが初めてのことだった。カーターの態度からも遊びが抜けて、鋭く低く、凄みのあるものになっている。
「…質問があります、トードーさん。
 法務庁長官だったミカミ氏は、あなたの存在を非公開にしていたかどで免職になりました。どうして彼が、あなたの存在を秘密にしておこうと思ったか、お分かりですか?」
 満場の注意が喚起されたその時、トードーの肩から突然全ての動きが抜け、人型の中で内部が石のように固くなった。ごく微細な変化だったのに、そこにいた全員がそれに気付き、一緒に息を止める。札が一気にひっくり返りそうな空気が議場に流れ始めた。
 まさか。
クワンの顎が微かに前に出る。その耳をカーターの声が打った。
「法務庁の皆様には申し訳ないが、当方も独自に調査をさせて頂きました。ミカミ長官はある記録も一緒に止めていた。それは統治者ルームにあったヌクテ・ロイスダールの遺体の状況について書かれた最初の報告で、そこには死後、遺体の腹部に激しい損傷が加えられた様子がある、とあるのです。
 …それを見た時、咄嗟に思い出したことがあります。
統治者ルームには、通常人間の立ち入りはほとんど予想されていません。ましてや、十日間にも渡ってそこに誰かが閉じ込められるなんて、考えられていないのです。
 私はニンブス・シティの記録を漁りました。
統治者ルームの備蓄食糧と水は――――――」
カーターは続ける。
「意外にもちょうど十日分です」
 トードーは動かなかった。水を打ったような沈黙の中で、カーターは指を立てた。
「しかし閉じ込められていた人間は二人です」




 音もなく、隣でニカンダの手が持ち上げられた。それが額を押さえる。
音はしなかった。
聞こえなかっただけかもしれない。
「あなたは初日に偽証しない旨を宣誓なさいました。答えてください。あなたはそれを、したのですか」
「………」
 おい、冗談だろう―――――…。
クワンの震える視界の中で、トードーは目を閉じた。
そして言う。
はい。
 人々の吐息が、高い天井を駆け巡った。



「今のあなたの証言は…」
 山を越していた。カーターの唇からは押し殺した勝利の笑みがこぼれ出していた。この気違い。この気違い。もうすぐ終わりにしてやる。
「確かに、ミカミ長官の行為を考え合わせると納得いきます。おそらく事実です。
 しかしそうすると変じゃありませんか。あなたは、ヌクテ・ロイスダールと親友だったのではないのですか? どうして親友の遺体にそんな真似が出来るんです? 幾ら状況が切羽詰っていたとは言え、普通死ぬほど抵抗があるはずです。
 あなたは、ヌクテ君と本当は友達でも何でもなかったんじゃないですか? この間中央公園で多くの無辜の市民を巻き込んで自爆した男達のように、ただただテロルのために彼の技術を利用したのではないのですか?
 そして失敗し、邪魔になったから殺したのではないですか? 自分が生き延びる為に」
「違います!」
 トードーは初めてむきになって否定した。恐らく彼は、ヌクテ・ロイスダールへの誠意を疑われたことが許せなかったのだろう。しかしそれは、弱みを突かれて動揺したような印象を人に与えた。
「僕は本当に死んでもいいと思いました! 電気も通らない部屋の中で宛てもなく寝転がって息をしているだけでした。
 探し当てた食糧は大半エテルが食べました。彼女には自制ということが出来ないんです。僕は彼女よりも先に動けなくなりました。意識も朦朧として、何日が流れたのかもう分からない状態でした。
 ある時、目を覚ましたらエテルがすぐ側にいて、口元に何か押し付けてきたんです。僕はそれを、最初何とも分からずに―――――――」
「もうよろしい!!」
 カーターは全霊の嫌悪感を込めて証言台を怒鳴りつけた。
「あなたのエテルが、エテルが、は聞き飽きました! あんな発達障害のある少女に何もかも押し付けるなんて、恥ずかしくないのですか?!」
「――――…」
「その顎とその歯で事実それを食ったくせに! …恥を知りなさい!!」
 異様な雰囲気だった。あのつまらないほど平心な議長の口まで開いていた。
 弁護士試験23位のカーター坊やは実際いい仕事をした。彼は完全にその場の空気を掴み、引きずりまわし、想像力をそそのかして頂点を見せた後、唐突に突き放して、その場をお終いにしたのである。
「以上で質問を終わります。
 同時に我々は証言者トードー・カナン氏を、殺人と偽証の容疑で統一高等裁判所にたった今提訴します!」








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