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Un-natural
=8=





 







 遠くで、旧式なベルが鳴っている。
リーン、リーンと急かしている。
 それで彼は手を伸ばし、昔懐かしい黒光りのする受話器をあげた。
「もしもしぃ……」
眠たげな声。
「はい…、そうです。…あ? ああ…、どうも」
 彼は受話器を肩に挟むと、近くにあったマルボーロを取り上げて一本を口にくわえる。
「え? ああ、そうなんです。ちょっと風邪らしゅうて…、熱が下がらへんので今日は休ませます」
しゅ、と立ち上ったライターの炎に、その先端を焼いた。
「よろしいですか。…すみません。はい」
立ち上る紫煙の向こう、浴室からはシャワーとおぼしき水音が響いてくる。
「…は? 私…?」
 朱江は前髪をかき上げ、ちょっとだけのけ反るとなんだかひどく意地の悪い微笑を浮かべた。
「さて…、一体誰でしょうねえ…」
浴室のドアが開く音が聞こえた。
「数矢?」
「……短気やね、あんた…。…ふ、サイナラ」
受話器を投げるように置く。昔の電話のことでチン、とベルが鳴った。
 朱江はそのままゆっくりと、一息一息を味わうように煙草を飲んでいた。
 ややあって、軽い服装に着替えた月子が洗面室から出てくる。
「あっちこっちヒリヒリするよー、ぶつけたりしたみたい。
…電話誰から?」
「会社から電話。風邪ゆうことにしといたで」
「うん。ありがと。…数矢、シャワーは?」
「後でええ。それより腹が空いたわ。そろそろパン焼けるから、飯食おうや」
「うん」
 既に朝の9時を過ぎて、太陽の光は窓から燦々と彼等の足下に降り注いでいた。その斜光の白い海の中に二人の不自然はまた形を潜め、彼等はまるで「真っ当な」カップルのように澄ました顔で食卓を囲む。
ただ、静かに。
 「多分また火曜日から…」
月子が口を開いた。スクランブルエッグをつつきながら。
「あたし会社に行って…、数矢は大学行って…」
ふいにその手が止まった。
「…そんでまたきっと懲りずに、誰かを好きになるんだよね…」
「……」
 一瞬の沈黙の後、二人は申し合わせたようにくすくす笑い出した。
「あたしたちってマゾ? アブノーマル?」
 椅子の背にもたれてそう問う月子のまぶしい笑顔に朱江は首を振ってにっこりした。
「いやぁ。喉元過ぎれば忘れるのはみんなそうや。そんなタフはごくフツーや。
 ただ俺等はそれよりほんのちょこっとだけ――――――
アンナチュラルな造りに、なっとるのやな…」








 泣きはらす あの「不自然」な 対話の末
 われらのいびつに 朝は優しき










End
This novel is dedicated to K.MIZUSAWA.

Special Thanks Mariko.T@京言葉チェック




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01.06.09