レヴォリュシオン エリート
プロローグ






 やあ! 君は武蔵小金井に来たことがあるかい?
来たことがない。そいつは結構。
 いや、出かけてみようかなんて思わなくていいよ! 来てもらってもなんもないから。
 十七年も住み続けてるこの愛郷心溢れる若者が言ってんだから本当のこと。
 一つだけ言っとくと、この街は結構にぎやかだ。道端にはウシガエルがいるし、セミはすごいし、道が真っ直ぐだから暴走族も生き残ってる。OK?
 すべてはそんな東京都下の辺境、武蔵小金井の某所にあるファミレスから始まった。セミがワンワン鳴くあっつい、あっつい日に。



 夏休みが終わる直前の月曜日だった。キンキンに冷房の効いた安っぽい店内で、俺ら四人は顔を合わせた。
 みんな何気ない風を装ってはいたけれど緊張していた。その証拠によく遅刻する安倍と俺が揃って集合時間より十分も早く来て、しかも黙って待っていた。
 五分前に未来が来た。そして時間ぴったりに誠が来ると、まるで群雲がやってきたみたいに、雰囲気が一段とぴりっとした。
 誠はピアノをやってたから、とか何とかいうすらりとした指で、ドリンクバーからアイスティーを持ってくると、こつん。とテーブルの上に置いて、おもむろに全員の顔を見回した。
「――みんなの意見を聞きたい」
 みんな黙っていた。俺はメロンソーダの中で溶けていく氷をストローでガリガリとつつく。
 意見も何もない。誰が見たって誠の顔にはただごとでない決意がみなぎっている。俺は始めから彼に追随するつもりでやって来ていたし、他の二人もそうだろう。
 このへんは腐れ縁で、大上段に構えなくたって何考えてるかは伝わるんだ。
 なにせ小学校以来の仲。性格や好みは結構バランバランだが、勉強の出来る誠がケツを叩いてみんな同じ高校へ入った。
 彼は四人の中で一番賢いし、精神的に落ち着いてるし、なんつーの? 品もいい。実はスポーツもできるし、その上素直ででしゃばらず、普段は常に控えめという、極悪なくらいに優良な奴なのだ。
 そんな男がこうして、目を光らして真剣になっている時に「何のこと?」と聞いたりできるほど俺らも浅い仲じゃない。
「どうすべきかはお前が決めてくれ」
 未来があっさり言った。たくましい腕を組んで、隣に座った誠を見る。
「今までもずっとそうだったろ。俺はお前に従うぜ。お前はどうしたいんだ?」
 誠は、彼らしく少し遠慮を見せた。だが、全員の目が自分を待っていることを知ると、顔を挙げ、きっぱりと言った。
「王位を奪還する」



 ふううっ。
という息の音が、俺と安部の口から同時に漏れた。俺は笑ったのであり、安倍はため息を吐き出しながら、前に倒れたのだ。
「なんだよ、太朗。反対か?」
と、未来。
「反対ー…?」
 ウーロン茶の横で、痩せっぽちでひょろひょろした安倍は情けない声を上げる。
「ンなことできるわけないでしょー。ただまた一からやり直しかーって思ったら、ちょっと気が遠くなっただけー…」
 俺は笑って尋ねる。
「お前のキャラ、レベルいくつだった?」
「57」
「あー。お前、意外に細かくレベル上げてたもんな。でもまあみんな同じくらいじゃん? 俺が54で…」
「俺も54だった」
 未来。そして誠が、
「55」
「夏休みを費やして鍛えたキャラが一瞬にしてケムリかあ。そう思うとさすがにちょっとハラワタが煮えますなあ」
 はっはっは、と笑う俺に、未来が鼻を鳴らした。
「ま。そういうルールだ。仕方がないな」
「確かに、捕虜の処遇は勝利者が決定するものだ」
 誠の横顔ったら、ヒーローものの舞台を見つめる少年さながらだ。
「革命を起こして城を奪うことも、当然認められた行為だし、それ自体は問題じゃない。だがそれらのことを、…今この時期にやったということだけは許せない。一緒に処刑された他のユーザー達がどう考えるかは知らないが、僕はこのまま引き下がることはできない」
 安倍ちゃんがそろそろと立ち直ってきた。モヤシでも男なら、真摯な怒りのこもったこんな声を聞いて、机に伏してはいられまい。
 たとえ始まる日々が大変なことには変わりなくとも背筋が伸びる。俺たちは、視線を交わした。
「長い道のりになるな」
 未来の大ぶりな手がコーヒーカップを持ち上げ、エアコンで冷え切った空気にぬるい湯気を振り撒く。
 俺が、安倍が、そしてやっとわずかに笑った誠が、おのおのグラスを持ち上げ、四つの食器が寄り集まった。
 未来が、時代劇俳優にしたいような見事な低音でオゴソカに告げる。
「いかなる困難のあろうとも、我ら奪われた王位と名誉を取り返すその日まで、共に闘い、助け合うことを、ここに誓う」
「うーっす」
「乾杯」
 ――そしてちゃちな安物のカップとグラスとが触れ合い、ファミレスの店内にかちんかちんと小気味よい音が響いたってわけだ。
 これがまあ、始まりの日だった。



 何の話をしてるのかって思うだろ。オンラインゲームだよ。MMORPGに『レヴォリュシオン・エリート』ってのがあるんだ。
 知らない? あー、無理もないよ。まだベータ版しかリリースされてないんだ。知名度は武蔵小金井並じゃないかな、住民以外はまず知らないっつー。
でもちょっと面白いゲームなんだ。
 もともとこういうのに敏感なのは安倍で、オンラインのじゃなくても、しょっちゅう色んなゲームの話をしてる。
 ところが半年前、『レヴォエリ』のテストプレイヤーに応募しないかってみんなを誘ったのは誠だった。それには驚いたよ。誠はそんなにゲームとかしない奴だからね。
 でもこれには簡単なタネがあって、誠はその開発者、段原一彰と昔っから知り合いだったんだ。
 ええ?! 段原さんならよく知ってる。
だろ? さわり程度しかゲームしない俺だって知ってた有名クリエーターだもんな。
 その段原さんが、誠の両親の大学時代の友達だったってんだよ。びっくりすんね。ちょくちょく家に遊びに来て、誠のことは小さい時からよーく知ってるんだと。
 で、その段原さんから、今度新しくMMOゲームを作ったから、テストプレイヤーとして参加してみないか、って直々にお声がかかったってワケ。
 安倍は勿論二つ返事だし、俺も未来もヒマしてたから、じゃあまあいっちょやってみますかと始めたのがだから、――一年の終わり頃だね。
 で、半年でまあ55くらいまでレベル上げて、なかなか面白くがんばってたんだけど、その積み重ねが昨夜全部ケムリになった。
 ほかでもない、「革命」が起きたために。



 タイトルに「レヴォリュシオン」とついてるだけあって、このゲームでは世界の覇権を賭けた戦争システムが用意されてるんだ。
 詳しくは省くけど、結局世界は五つの州に分かれてる。東西南北州と、中央州だ。州にはそれぞれ城がある。この城を支配しているクラブ(ギルドのことね)のリーダーが、その地域の支配者ってわけだ。
 ただ支配者ってランクがつくだけじゃないよ? すごいのは税金の徴収があるってことだ。
 RPGって戦闘するとモンスターがお金落とすじゃない。それを拾うと、たとえば0.01%のお金が、自動的に、統治者の財布へ入るわけ。商取引も同様。
 その税率は城主が設定できる。やろうと思えば20%だって40%だって、税金として徴収できるわけですよ。すげえだろ。
 勿論、城主は君臨するだけじゃなくて違反ユーザーの取締りとか治安活動に責任を負うことになるんだけど、それでも城主になることのうまみは大きい。
 金ががっぽり入れば城の増強が出来る。ますます攻め落とされにくくなるし、個人の装備だって増強できる。NPCも、人も雇える。もう一つ城を攻略することだって可能になる。
 でも物事には限度がある。あんまりあこぎなことをやってたら、市民達の不満が募って、当然統治者を交代しろということになるよね。
 だって下にしてみれば、税率10%でも結構フユカイだよ。もう我慢できないって連中は集団になって、城主を倒そうと城を襲うことになる。
 これが「革命」。要はその土地の支配者が交代することだ。
 四州の場合はそれでいいんだけど、中央となるともっと話が大掛かりになる。中央都市シテの、広大な城に君臨するのは王様だ。
 州の城主が知事くらいだとしたら、王は大統領、まんま国王、そうでなきゃ天皇ですよあーた。城主は地方を治める権力を与えられているけど、所詮は王の下位職にすぎない。
 つまり、王はこの世界の支配者だってこと。多大な責任もあるけど、その分与えられる権力もべらぼうに強い。
 最高のタイトルと言えるね。
 ベータ版のリリース当初から、この地位にはGMの段原さんが就いてた。
 どーも段原さんってのは子供っぽいところのある人みたいで、他のゲームでも一般ユーザーに混じってINして、こっそり楽しんだりするらしいんだ。
「もちろん、僕は自分が王様になるために、このゲームを作ったんです!」ってどっかで冗談半分で言ってたけど、半分本気なのかもしれないよなあ。
 こう書くとなんか裸の王様っぽいけど、ゲーム内じゃすごく愛されてたよ。
 身分の低い兵士が王様と会える機会なんてごく限られてたけど、それでも彼の下で働きたいって、シテの城に仕えるユーザーもいっぱいいた。
 かくいう俺らもそのクチだ。まあ誠が最初に入ったからってのはあるんだけど、全員が城の騎士に登録して、交代で警護に当たったり、違反ユーザーの取締りしたり、レッドネーム(殺人者)を駆逐したりしてたわけですよ。
 面白い日々だった。城の警備の任務はほとんど名目だけになってたけど、でも王城の騎士って身分はカッコよかったし、卑怯な奴とか悪い奴を取り締まっちゃ、被害を受けてたユーザーさんから感謝されるって生活は悪くなかったよ。
 ところが一週間前だ。公式ホームページに寝耳に水の報告が載った。


『過日、当運営チームのリーダー段原一彰が、医師より慢性骨髄性白血病と診断されました。入院し、治療に専念するため、本日より長期休養に入ります。ユーザーの皆様にはご迷惑をおかけしますが何卒…』


云々。
 実際、その日を境に王はいなくなった。最悪このまま永久に引退なんじゃないかって噂も流れた。
 ゲームユーザーどころか、業界中に衝撃が駆け抜けて、安倍も、…誠も、結構ショックで頭の中が真っ白って感じだった。
 そうやってみんなが茫然自失している時に、クラブ「ブルーブラッド」の【キング】ってやろーが革命を起こしたんだ。
 キングは既に北州を治める城主だった。段原の休養の報を聞いて、密かに西州の城主と結び、二クラブがかりでとうとう城主不在のシテ城を攻略してしまった。
 シテ城を獲って世界全体の支配権を握ることを特に「大革命」と言う。
 でも、その荘厳な響きに似合わない、火事場泥棒みたいな奴のやり方に――みんな怒ったのなんのって。
 捕虜になって生死を問われても、誰がお前の部下なんかになるか! って言って処刑にされたやつが大勢いた。
 俺らもそうだった。俺ら四人は昨夜十時すぎ、仲良く揃って処刑されましたとさ。
 で、今回の件で初めて知ったんだけど、王様には「王の剣」っていうかなり特殊な武器が実装されてるのな。
 それで殺されると、単に死ぬだけじゃなくて、キャラ自体が消滅してしまう。
 つまりよりリアルな意味で死んじゃうわけで、レベルが33だろうが、8だろうが、55だろうが、チャラ。
初めっから、やり直し。
 王様ってば本当に特別職なのね。さすがに世界の支配者だけあって、大革命なんて滅多に起こせない仕組みになってるわけです。
 その点、キングは確かに目端がきいた。なにしろ「王の剣」は王様しか使えない。だから段原さんがいないシテ城は、最高の武器を持ってたのに、それを振ることもできないまま、むざむざ陥落してしまったってわけだ。



 さて、そろそろ誠の言った言葉の意味も分かってきたかな。
 俺らは大革命でキャラを失って、現時点でレベルゼロ。そこから再起奮闘して、いずれは王位を卑劣なキングの手から奪還しようというんだ。
 そーだいな目標ですよ。俺は快く乾杯したものの、モンゴルの草原に立って、遠いのろしを見てるような気分だったね。
 しかも神の恩寵、夏休みはもうすぐ終わるってのに…。
「――ところで、宿題は持ってきただろうね?」
 誠の静かな声に三人の肩がびくっっとした。だが仕方ないので、それぞれカバンから、ノートや筆記道具を渋々取り出す。涼しい顔で小説の単行本を持ち出したのは誠だけだ。
「どれだけたまっていようが、絶対にこの三日で終わらせるからね。大体普通にやってれば、八月頭には終わる内容だったよ」
 誠先生はスパルタです。そりゃもう高校受験のときにいやっちゅうほど理解しました。
「言っておくけど、二学期が始まっても僕の考えは変わらないから。ゲームにかまけて成績が下がるなんて、二十一世紀の高校生にあるべき姿じゃないからね」
「……」
 ああこりゃ大変な二学期になりそうだ…。
 俺は甘ったるいメロンソーダの残りをズルズルすすりながら思った。




 現実は俺が考えてたより、はるかに大変なことになったわけだけど。



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