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* 晩霞終息 *

[ エピローグ ]




 大陸歴一三一五年。
トリエントーレ前宰相のオッシア・アルアニスはある小さな式の席上、飛び込んできた「愛国」青年の手によって刺殺された。傷は五カ所で、致命傷は胸部に加えられた最初の一突きである。
 運び込まれた部屋でまくら…と呟いて死亡。葬儀は領地で行われ、気骨のある近しい者だけが参列したという話だった。



 シバリスは体調を崩したのと任務のために、王国の片田舎まで行くことが出来なかった。事件後あまりに急激に痩せたのでリナが心配したが、秋を迎えるこの頃では、ようやく身体の変調も落ち着きを見せている。






 風通しの良いテラスで、彼はゆったりと椅子に座っていた。隣ではリナが、ぼんやりしている。彼女はいつまでもぼんやりしていられる質だ。
「やつは元気にしてるのかな」
 ぼそりと言ったのはジリオのことだ。彼は葬儀には間に合わなかったが、行くと言って彼の領地へ向かい、そしてそのまま帰ってこない。
 たまに来る手紙によれば、ロシャ男爵の令嬢と仲良くなって彼の地を離れがたいのだという。
「心配ですか?」
 リナが聞いた。シバリスは微笑んで、
「心配だよ」
と彼女の手を取る。
「心配はやめられない」
 彼女は、何か嬉しそうに、肩をすくめるようにして笑った。
 目の前のものを愛せと彼は言った。愛してくれないものを追慕するのはやめろと言った。
 そう言った彼は孤独だった。皮肉なことだ。けれども今や彼は平安の彼方にある。
 彼の言ったとおり、自分は段々と彼を忘れていくだろう。呆れ果てるほどに薄情に、彼のことを忘れてしまうことだろう。
 けれどそれは彼が、そうしろと言ったのだ。誠実に正直で、残酷であれと。最後まで薄汚い人間であることを受け入れろ、と。
「止まったら死んでしまう」
 シバリスは呟いた。ジリオがいつか言っていた言葉だ。どうして流れる? と聞いたときに、彼は言った。
「止まったら死んでしまう……」
 遊ぶようにもう一度繰り返して、口を噤む。彼の気持ちは分からない。少なくとも死ぬことなく止まることの出来た自分は、幸せだ。
 多分これが、自分に与えられた報酬なのだろう。シバリスは思った。これをつまらないものだと嗤う小賢しい知識の声などに構うまい。そんなものはそう、何も産みはしないのだ……。
 自分はきっと、目の前の少女の掌色の現実に溺れて……、溺れていればいいのだから。



 ふと渡った秋風に、白みの混じった前髪が、眉の傷をなぞって微かに揺れた。目を細めて太陽を見る。
 夕暮れは、まだもう少し、先だ。






晩霞終息 終



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