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故森幻想
The Dream Killing You
= プロローグ =
「風の精と青杉」 西方での戦いに傷つき逃れてきた風の精はよそ者だったが、森に棲む苔の精は彼を優しく介抱した。傷口に楓の蜜を垂らし、青いしとねに三日三晩眠らせて、かいがいしく食べ物を運んでやった。時は春で、苔の精は若く美しかった。 やがて死の淵から蘇った風の精と苔の精は、情を交わし恋人となったが、苔の精に以前から思いを寄せていた地の精はそれに嫉妬し、とうとう彼をおびき出した上、騙し討ちにしてしまった。 ほとばしった血潮も叫び声すらも虚しい風となり、彼の死は誰の目にも映らなかった。 地の精はその後何食わぬ顔で苔の精の家へ現れると、「彼は仲間に連れられて帰っていってしまった」と告げた。そして嘆き悲しむ苔の精を慰め、共に暮らした。 やがて苔の精の生んだ子は凛と香り立つ青杉となった。ある日、若者となった彼の耳に、悲しげな風の精のこだまが真実を囁いた。これを聞いた青杉は継父の罪を見抜き、これを伐ち殺した。 今でも杉は風に触れると、父を思い身を揺らしてぽろぽろと涙をこぼす。そしてその足下では父を殺した大地に根を張り巡らし、きりきりと締め付けているのである。 ヘキガティウス著「ディオラント民話集」より |