・・Love Letter・・





おじいちゃんおばあちゃんへ



 ご無沙汰しています、お元気ですか。
敬老の日ということでお便りを書いています。
 便箋に文字を書くのは久しぶりです。最近はEメールばかり打っているので、と書いてもあなた達には何のことだかちゃんとは分からないのでしょうね。


 実はこの文章を書くまでに私、三枚も便箋を破りました。書き直しても書き直しても上手な手紙が書けません。カフェーの中でもう一時間近く唸っているけど、いい感じなのは便箋の柄ばかりです。

 
 そういえば昔、父や母もあなた達に対する手紙に四苦八苦していたのを思い出します。特に母はよく義理の肉親であるあなた達への言葉に気を使い、苦慮していました。 父が苦労していたのも、母方へ手紙を出さねばならないときだったように思います。
 私は子供の頃から手紙がとても好きだったので、どうしてそう書くことに困るのかとても不思議でした。遠くの友達と文通していたころなど、一週間刻みで手紙をやりとして……。


 そうです、私は手紙を書くのが得意なはずでした。それで尚更焦ってしまいます。どうしてあなた達の手紙にこんなにてこずるのか。さっさと書いてしまって、今日の昼までに投函するつもりでした。だけど今はもう二時です…。




 場所をカフェーに変えて、珈琲を飲んだらようやくなんとなく分かってきました。つまり手紙を書けないのは、今、私が嘘を書こうとしているからなのでしょう。私は今、取り繕った言葉で、思ってもみないことを書こうとしている。

「おばあちゃん元気ですか。ご無沙汰して申し訳ありません」

 嘘です、私は、申し訳ないなんて思っていません。

「時々、おじいちゃんおばあちゃんは元気かなと思い出しています」

書類作りながらそんなこと思い出す人はいません。

「休みが取れたら会いに帰りたいです。お土産を買っていくから楽しみにしていて下さい」

 こんなことを書いたらお土産を買わなくてはなりません。それが面倒くさくてこの一枚は捨てました。
 嘘ばかり書いています。練習書きや清書がいる必要がやっと分かってきました。大したもので、人間そう嘘ばかりぺらぺら書いていられないものなんですね。



 …その通りです。本当は、私は面倒くさいと思っています。
第一、敬老の日なんて覚えてませんでした。ただ三連休が嬉しかっただけです。
 買い物に行こうと思いました。靴を買おうと思いました。デートしようと思っていました。あなた達のことなんてちっとも考えはしなかった。手紙を書いているのも父母に言われたからです。
 そして結局、私は忌々しくなってきています。
自由なはずの人生に血縁や義理が付きまとうことが迷惑なのです。
 …考えてはいけないことを考えています。
いっそと思っています。
さっさと×ねばいいのにと。
 この伏字が解き明かせない人は今の世の中にいるでしょうか。





 …ごめんなさい。
私はひどい人間になりました。
東京に出てきてもうそろそろ10年になります。
 会社にも都市にも馴染み、こちらの思い上がった都会根性や、下劣さや成金趣味も慣れてしまいました。
 生きやすいようにと様々な部分を許せば許すほど、私は回りの人間達に似てきました。他人のことを腹の中で馬鹿にしながら笑顔で会話して時折は酒まで飲みます。
 食い違う意見をもっている人のことを互いにことごとく馬鹿だと思っています。そして新しいものに感応できない人を嘲笑しています。
 会社の上司数名を手本にしています。
彼らはとても生き上手なのです。彼らならきっと私が苦労しているような手紙も、上手にさらさらっと書き上げてしまえるのでしょう。私はまだまだ技術が足りないのです……。




 おじいちゃんおばあちゃん。
あなた達の望みは何ですか。
孫が東京で立派な会社に勤め、適宜結婚することですか。
 それならばそのうち私はそうするでしょう。
そして上手な電話が掛けられる上手な大人になるでしょう。
 それがあなた達の望みですか。
それとも素直な心であなたたちのことを心配する、優しく騙されやすく利用されやすい上、勝手に「癒し系」などとレッテルを貼られる、人のいい人間になることでしょうか。


 書いているだけで叫びだしたくなってきます。
いたわりの言葉はひとつも生まれないのに、こんな自分に関する言葉や愚痴ばかりがすらすらと出てくる。
 多分、今私の本質はそれであり、私はつま先からてっぺんまで自分の利益のことしか考えていないということなのでしょう。





 おじいちゃんおばあちゃん。
私を含め、実際東京はひどいところです。よくもこんな社会が回っているものだと思います。
 私も年々そこに馴染んで、人間でないものになりつつあります。これがこのまま二年も続けば私はもっと利己的で腹黒くなるのでしょう。
 その頃になって子供を産んだりするのでしょうか。
けがれが無いなどと言ってレースの服を着せたりするのでしょうか。
 そんな私が育てた子供やその子供が私を捨てることは致し方ありません。
 けれど戦中戦後、必死で父を育ててくれたあなた達を、現代の私が切り捨てているという現実を、本当に申し訳なく思っています。



 こんなものをあなた達に出すわけには行かない。
書き終わるや私はこの便箋も畳んで棄てるでしょう。




 こんな本音で一杯になって本当にごめんなさい。
愛情も無く誠意も無く只理屈だけで生きているあなたの孫は、本当にあなた達を尊く思っています。
自分の汚さに比べれば涙が出るほど尊敬しています。



 それだけにあなた達に書き連ねる言葉が無い。
今やっと辿り着きました。
これが本当の気持ちです。








---EOF-









02.09.29
to be continued


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