コントラコスモス -14-
ContraCosmos




 朝方、マヒトは甲冑の音と馬の嘶き――それに物音と悲鳴で目を覚ました。
 何か不吉な思いを抱いて、黒いズボンに中に着るシャツだけを身に着けて階下へ下りると、重装備に青いマントを流した兵士たちが剣まで抜いて、腰を抜かした宿屋の主人に迫っていた。
「な、一体何の真似です、お止めなさい!」
 前後のことも考えずに止めに入ろうとしたが、一歩踏み込んできた甲冑の男に横に構えた右腕一本で止められる。マヒトの大きな体が跳ね返されて後ろへ泳いだ。
「貴公は何か?」
 丁度同じ目の高さだった。口ひげを生やしたその兵士は面倒くさそうに言う。マヒトは軽くいなされたことに内心驚愕しながらも、正義を胸に留めてきっと相手を睨みつけた。
「私は正位教会の神父です。武人ならば丸腰の相手に乱暴はお止めなさい! 恥ずかしくないのですか!」
 マヒトを止めた兵士と、その側に立っていたもう一人の兵士は目を丸くしてこの闖入者を見つめた。
「どうやら貴公は我々が誰だかご存知でないようだ」
「それがどうしました!」
「…………」
 兵士はため息をついた。なんだか常識が通じる相手ではなさそうだ。この甲冑に刻まれた紋章と青いマントを見れば、街道沿いに住む大抵の連中は近づいてこないものなのだが。
「我々は北ヴァンタス国王直属の蒼騎士隊の者です。現在、トラスという名の第一級犯罪者を追捕する任についておりまして、奴がこの宿に泊まったという情報がありましたので真偽を確認しているところなのです」
「そ、それなら穏やかに行えばいいでしょう。何故抜刀など許すのです!」
 兵士はまたため息をついた。
「仕方がないのですよ。主人が、彼等の行く先など知らないとシラを切るものですから」
「本当に知らないのですよ! 私も同じことを昨夜聞いたけれど……」
 その時、兵士たちの壁の向こうで、男が裏声で悲鳴を上げた。
「ひあああああ! 城です! 北にある城に向かうと言ってました!!」
 絶句するマヒトに同情するように、兵士は首を傾げて見せた。
「というわけです。品のない連中は貪欲なものでしてね、情報一つでも意地汚く金を稼ごうとするものです。神父様も次回からは気をつけられるとよろしい」
 マヒトは昨晩、あまりに主人が商売にならないと苦情を言うので悪くなってここで宿を取った。そして宿代を前払いした上、血の跡の残る部屋で寝た。
 だがその感傷の余韻に浸るより、さっと身を翻した兵士を引き止める方が重要だった。
「待ってください! 私もトラスを追っています!」
「ああ、そうですか」
 兵士は生返事をした切りで、足も止めなかった。慌てたマヒトは着いて歩きながら必死に言う。
「私の友人がトラスに人質として拉致されたのです。私は彼を救い出さねばなりません」
「がんばってください」
「……?! いえ。ですから、出来れば私をその、『城』とやらに連れて行ってもらえませんか。私は神に仕える身として……」
 結局、馬のところまで着いてきたマヒトに、うんざりしたように兵士(正しくは騎士)は振り返った。
「じゃあ黙って我々の後に着いてくればよろしいでしょう。何をクドクド断ることがあるんです」
 マヒトは黙ってしまった。それはそうかもしれない。しかし兵士たちの態度はあまりに冷たかった。人質がいるという情報にしても、自分同様取るに足らない扱いを受けたような気がする。
 だが、とにかく時間がなかった。
騎士たちは彼に全く頓着せずに騎乗し、今にも走り出さんばかりだったし、マヒトには二階にまだ荷物がある。
 駆け足で往復して宿から出て行く神父を、出血する耳を押さえた主人は青い顔で見送った。





<< 目次へ >> 次へ