コントラコスモス -1-
ContraCosmos




 
「あ」
「や」
 用を済ました後、明けやらぬ墓地で知り合いとばったり顔を合わせた。私も驚いたが、向こうは私より百倍まっとうな神経を持っているため、百倍余計に驚いてしまう。
「なにー?!! なんだお前! こんな時間に何してる!!」
 ……ああ、うるさい。
折角の墓地の静寂が懼れをなして逃げていった。
 お前は男の中でもかなり背の高い部類だから、慌てふためくとものすごく情けないぞ、といつも言ってやっているのだが、頭が固いもんだからなかなか器用に行かないらしい。
 だが、この巨漢は厄介なことに馬鹿ではない。次の瞬間には私が何をしに墓場へ現れたのか察知して、
「お前、まだ毒薬の注文なんか取ってるのか!」
と、核心を突く発言。こうなっては仕方が無いので開き直ることにする。
「誰が辞めたと言った」
「な……。この罰当たりめ! 最近その手の話をしてないから、てっきり辞めたんだと思ってたのに……」
「お前が騒ぐから話さないだけだ。そっちこそ、こんな時刻の墓場に仮にも神学生が何の用だ」
 男はがっくり、と頭を下げていたが、ここで言い争っても埒が明かないと思ったのだろう。渋い顔のまま腕組みをして、何とか立ち直った。まず俺は仮にじゃなくて実際神学生だ、と前置きして、
「こっちは正規の事情だ。自然科学を修めている学生連で死体解剖の集いをやった。その後始末が長引いただけだ」
 正規の事情ねえ。
正位教会の神父服を着込んだ男どもが蝋燭の灯りの下、老人だか若者だか知らないが、白い遺体を切り開いて中を覗き込んでいる図を想像すれば、私の用なんか全然「正規」の商取引だと思うのだが。私はただ墓守から、土を掘り起こした時に出てくる骨片を数個買い取っているだけのことである。遺体の周りに集ったりしていない。
「何が正規だ。倫理委員に見つかったら懲罰ものじゃないか」
「倫委が主の教えの全てではない。あいつらの考えに従っていたら、教会はそこらのヤブ医者にも劣る知識を抱いて未来永劫腐ってなくてはならん」
「へえへ。だからお前は向いてないと――」
 瞬間、私と男の間に白い線が突き抜けた。
いや、そう思った時には既に世界中に満ちている。
「ああ。明けてしまった」
 思考すら追いつかない速度で色を取り戻した世界の中で、私は遠い山脈から顔を出す、白色の太陽を眩しく睨んだ。私が恒星だと呼んだ大聖堂の尖塔が見える。込み合った屋根の薄紅色の瓦、小さな窓、煙突の一つ一つに、くっきりとした光と影が浮かび上がる。
 それは何度見ても、内に何年を重ねても、ちょっと足が動かなくなる光景だ。人間が人間の造った物に感嘆するのは神から見れば滑稽だと思うが、それこそ朝陽を浴びる豊かな大聖堂は、言葉なしに神性を納得させる堂々たる雰囲気である。
「……ああクソ、結局完徹か」
 男は呟くと、目を細めて何も言わなくなった私の方をちらりと見、言おうか言うまいかしばし気を使った後、やっぱり我慢出来ずに余計なことを口にした。
「なァ、ミノス。毒の注文を受けるのはもう辞めろよ。
 探求が悪いんじゃない。だが販売となると常に街の暗い部分との取引になる。そういう部分に気安く関わるのは辞めとけと――」
「ここ高台だから、ここから街を見ると、楕円がほとんど完全な円形に見えるよな」
「ああ、そうだな?」
 話を遮られた男は、きょとんと間抜け面で同じく街のほうへ視線をやった。
「いつも思ってたことなんだが、大聖堂の屋根瓦、特注の緋褪(ひさめ)色じゃないか」
「ああ。あれは今世紀最高の技術で…」
「丸い街から尖塔がちょっと突き出してて、こっから見るとあれだよな、この街――。
女の乳房みたいに見えるよな」
「――――」
 今度こそがっくり、男が落ち込んだのが分かった。舌を出した私の上着のポケットの中で、買い取った白くて古い骨たちがこすれあい、からからと乾いた音を立てる。
 それはまるで私の意見がいたく気に入ったとでも言うかのようで、望ましい。こんなひねくれ者の骨ならば、今日はいい毒が出来るだろう。



-了-




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