コントラコスモス -3-
ContraCosmos




「――そんなにお嫌いですか」
 相手を殺したいが、手を下したのが自分とは知られたくない。という立場は毒殺者の常道だから別段驚かない。だが全て話がついた後だというのに、知られたくないが相手には出来うる限り苦しんで欲しい。もうやれるもんなら七転八倒して欲しい、なんて仰るので、ついそんな愚問を口にする気になった。
「さっきも申し上げましたが、相手には出来るだけ穏やかな死に方をしてもらうのが望ましいのですよ。派手になればなるほど、発覚する可能性が大きくなるし、口がさない噂を呼びます」
 すると、高価な黒いベールを被った女性は、店の粗末な椅子の上でしゃんと背を伸ばし、
「ええ、分かってます」
と落ち着いた反応を見せた。声の様子からすると二十代の半ば。身なりもよく、手には純度の高そうな結婚指輪がはまっているが、その彼女が殺さんとするのは当の亭主だ―――。
「分かってますわ。気にしないで下さい。ただの希望に過ぎないってことは、よくわきまえていますから」
 あまり断固と希望などと言われたので、私はつい面白くなって、余計な一言を付け加えてしまった。
「一時とはいえ同じ家に住んでいた夫なのに。また随分嫌われたものですね」
 すると、女性は顎を上げ、初めて私個人のことに興味が行ったとでもいうように私を見た。それから、ベールの下でも分かるくらい、はっきりと冷たく笑って言う。
「あなた、結婚なさったことがないのね」
「……」
 それはそうなので口を噤む。女性は平坦な声を出そうと努めながらも、時折抑えきれない嫌悪をこぼしながら、言った。
「同じ家に住んでいるから耐え切れないのよ。想像なさい。もう顔も見たくない、足音も聞きたくなければ、一言も口を利かずに黙っていて欲しい男が、夜には当然の権利のように私の寝台に上ってくる――
 全身が粉々になるくらい嫌よ? その場で死んでしまいたいほどおぞましいわ。思い上がったあの男は、明日も明後日も、私が若さを使い果たすその時まで犬畜生のように私を触りに来る。
 そう思った時、決意したの。――殺そう。
これ以上こんなことには耐えられない」
 私は非礼を詫びて彼女を帰した。非礼の代わりに、まあ出来る限り希望に添うことにしよう。
 問題は骨だ。新鮮で状態の良い同年代の男の骨が、すぐ手に入るかどうか――






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