コントラコスモス -12-
ContraCosmos



 雨も降っていないのに男は濡れていた。
全身を隠す長い外套は、双肩に月の光を跳ね返し、足元では石畳に転々と血の跡を残していく。せわしく揺れる黒い裾の間に時折のぞくのは抜き身の剣先で、冷え込んだ赤い液体は刃の身で固まりながら最後の残滓を時折涙のように振り落としていた。
 男の足取りは確固としたものだった。
だがその姿は戦い疲れさまよう鳥を想像させた。建て込んだ夜の街中にありながら彼に帰る処はない。
 男の体のどこにも裂け目はなかったが、その中心に巨大な空洞が蹲っているのを時折すれ違う夜の人々は流れるままに察知した。
 それで男は放置され、いつまでも道を歩く。血を散らして尚咎められることも見詰められることすらなかった。彼はいつまでも道を往った―――
 一人の酒を飲んだらしい男が、肩に上着を引っ掛けて向こうからやってくる。酔った態でまるで酔っていない口元からは細い歌が流れていた。
 勿論二人は何が起こることもなくすれ違った。
しかし重なった影が再び二つに分かれた頃、男の曲は終わっていた。
 外套の男の残した小さな血の円をたどるように変わらぬぬるさで歩きながら、その目はもはや彷徨わない。彼が酔っ払っていると思うのももはや本人だけだろう。
 彼――街ではリップと呼ばれている、誰もその本名と素性を知らない男は、醒めてしまった瞳でまっすぐ前を見詰めながら、寄る辺ない足音が段々と遠ざかっていくのを聞いていた。





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