コントラコスモス -12-
ContraCosmos




 青白い頬を雨粒か涙のように噂話が流れていった。



「ラーギン街でコロシだってね。旅行中の金持ちが宿にいるところを襲われたとかで、えらくひどい有様だったってさ」
「聞きました聞きました。朝から街中それでもちきりですよね……。あれって強盗なんですか?」
「らしいねえ。本人の所持してた宝石がなくなったとか――」
「宝石? 女の人なんですか?」
「違う違う。男だよ。なんでもどっかの貴族のボンボンで、かなり洒落た男だったらしいんさ。でまあプレゼントなのか本人が使ってたのか知らないが、宝石を結構持って歩いてたとかで……」
「へえー。すごい。ハンサムだったのかしら」
「でもそれが元で殺されちまうんじゃ何にもならんねー。
 ……ああ、でもそうだな。普段から宝石とかがあればいざという時、強盗だと思わせることも出来るんだな」
「……は?」
「――こら林檎。ちゃんと用意しろ」
 ヤナギの医師とカウンターで話しこんでいる店子をたしなめた。彼女には今日、外へ薬草を取りに行くという割と重大な任務があるのだ。
「この間みたいに間違えてケマンソウをやたら摘んできたら検体にするぞ」
「もう間違えないもん」
 不満げに言って、林檎はやっと薬草辞典から草を見分けるための特徴をメモする作業を再開した。
「検体か……。検体か……」
 残されたヤナギの医師はぶっとんだ目でぼそぼそと呟いている。
「実験のつもりで誤って何か飲んだってのもいいなァ……」
「お前、早くあの女と別れろよ。ドツボだぞ」
「うん。もうはまりまくりって感じ。フフフ」
「…………」
 なんだか今日は朝からどいつもこいつも手が焼けて仕方がない。林檎は派手な事件にはしゃいでるし、ヤナギは例の一件以来変わらずネジが飛んでる。そしてこいつも――この男が私の手を煩わすことは本当に稀なことだが――、今日はなにやら様子が変だった。
「リップ。お前もそろそろツケ払えよ。月初だぞ」
「――そうだよな。宝石があれば――」
 リップは訳のわからない相槌を打って一度首を脱力させる。次に顔を上げた時には普段と変わらない表情になっていた。それまで、長いこと目を閉じたまま頬杖を着き、怠惰な様子ながらも何事か考えているようだったのだが。
「ツケかァ。もうちょっと待ってもらっていい?」
「宝石を強奪してくるんじゃなかろうな」
「ああ、それもいいね」
「アホ。じゃあ待つ代わりにこれから林檎の荷物持ちに着いてけ」
「ああ、いいよ。承知したからお茶をもう一杯」
「今のは先月のツケの話だってのを忘れるなよ」
「うん」
 意味のない笑いと共に右手が上がる。軽口が続かない。やはり元気がないようだ。
 よく分からないリップがよく分からない理由でローになっている時はマヒトのあの、図抜けた健康さが役に立つのだが、今は午前中だから仕方がない。まあ林檎の世話でもさせておけば、そのうちいつもの調子になるだろう。
 籠を抱えた二人を追い出しながら、私はそう深刻に考えていなかった。
 まあ当たり前といえば当たり前だろう。
 この時点で、林檎と出かけたリップが其れきり店に戻らないことを予想できた奴がいたら――、頬を張り飛ばして欲しいくらいである。





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