コントラコスモス -13-
ContraCosmos




 私はかなり投げやりだった。
コーノスからこの件は放置せざるを得ないと聞いたときからこの男がこう言いだすことは目に見えていたし、彼らは少なくとも六時間寝ているが私は徹夜なのだ。不整脈も出た頃には自棄になって当然だろう。
「ふざけるな! たとえ聖庁が追うなと言っても俺は行くぞ! 無事だとしてもこのまま放っておけるか!」
「お前、講義はどうするんだ」
「そんなものどうにでもなる! 俺はすぐに馬を借りてくるからミノスは――」
 マヒトの激しやすい心理がめらめら燃えている。それが私にまで迫ろうとするので水をさした。
「ちょっと待て、行くなら勝手に行け。私は知らん」
「――ええ?!」
 批難の声を上げたのは林檎である。その目は、いるんだよなみんなが団結しようとしているときに独りで足並みを乱す奴が。と言っていた。
 林檎がどんな遠足を思い浮かべていたのか知らないが、私は彼女を見返して、今の発言が冗談でも何でもないことを示す。
「本気で言ってるのか?! リップは人殺しに連れて行かれたんだぞ! いつ殺されるかも分からないのに!」
 リップの素性がはっきり分からない以上、不確かな情報をこの単純な二人に知らせるわけにはいかない。例えば彼が偽名を使っていることにしても、本人の許可がないうちにぺらぺら話すことは躊躇われた。
 従ってマヒトと林檎はまだこれが一般市民の誘拐事件と受け取っている。リップは明らかに「救い出されるべき」被害者なのだ。無関心げな私の態度に彼らが怒るのも当然の反応だった。
 だが秘密を抱える私の心中は複雑だ。その上寝不足で投げやりと来ている。
「知らないよ。私には仕事があるし暇じゃない。既に一昼夜奴の騒動に付き合った。これ以上商売を邪魔されてたまるか」
「ミノス――。何でそんなことを」
 唖然とするマヒトの後ろから、外敵を語る口調で林檎が言う。
「マヒトさん、もういいですよ。この人こういう人なんです! 前、マヒトさんが殺されそうになった時だって、『自分には関係ない』とか言って、全然やる気じゃなかったんですよ! 私とかコーノスさんが一生懸命やんなかったら、マヒトさんホント危なかったんです」
「こら待てクソ林檎」
 最後の一文を流石に訂正したくなった私だが、マヒトの凍りついたような表情に眉をしかめるのが先になった。
「――本当か、ミノス」
 棒立ちになって、なんて正直に傷ついたような顔をするんだろうこの男は。私はほとんど感心しながらも肩をすくめ、嘘ではないことを彼に教えてやった。
 純粋な人間に遠慮をすることなどない。不幸な人間が幸福な人間に気を使う必要はないのと一緒だ。
「でも――、それでもお前……」
青い顔をしてマヒトは言う。
「あの時は俺を助けてくれたじゃないか」
 私は迷惑そうな顔でその疑問に答えてやった。
「お前は助かりたかっただろう。死にたくなかっただろう。だからだ」
「……? 何を言ってるんだ。……お前は、リップが助かりたくないと思っているとでも言うのか?」
「…………」
 じゃあお前はリップが希望を抱いて日々を耕しながら未来に向かって生きているとでも言うのか?
 どだい、私とマヒトでは人間に対する認識が違いすぎる。見ている世界が違いすぎる。数歩の距離の間に広大な差を抱えて私たちは睨み合った。
「――――」
 沈黙を破ったのは林檎だった。マヒトの腕を取り、引っ張りながら私を睨みつけて言う。
「分かりました! もういいです! リップさんは私たちで助けますから、あなたはどーぞここであなたのお仕事を存分になさってください! 毒でも薬でも、気が済むまで作ったらいいです!
 行きましょ、マヒトさん!」
 マヒトはなんだか心残りな顔をしていたが、体は逆らわず店の玄関の方へ流れる。私は最後に呼び止めてメモを渡した。
「コーノスの部下が調べたところまでの足取りだ。最初はこれを辿っていけ。後は宿屋で情報を集めろ」
 受け取ったマヒトに背を向ける。また一段と理解できなくなったらしい彼を林檎が叱って、二人はとうとう店から出て行った。
 全く、迷惑な話だ。
私はカウンターの内側にしまってある椅子を引っ張り出してやっと腰を下ろした。疲労がずんとのしかかり体重が増したように思う。
 目元はひりひりしているし心臓もいよいよ窮屈だと言うのに、頭ばかりはさっぱりして一向に眠たくない。
 ひどい話だ。
今は朝の五時半。
 あの野郎。
ツケも払わず挨拶もせず、後ろ足で迷惑蹴立てていなくなりやがって。
 もう誰も帰って来なくていい。マヒトも林檎も、そもそも私のような人間には必要のない存在達だ。このままみんなどこかへ行ってしまえ。
――せいせいする。
 事ほど然様に私は投げやりであった。
先ほどから胃までが腹が減ったと動き出して全く手のつけようがない。こんなところで煮えていても仕方ないから、ともかく私は火を起こし、朝食を摂ろうと思う。
 しかし体は言うことを聞かず、私はバカみたいにいつまでもいつまでもそのまま椅子に座り込んでいた。






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