コントラコスモス -13-
ContraCosmos



 遡ってミノスがコーノスと話し込んでいた頃――、コルタ・ヌォーヴォから北に一五キロほど離れた栄えない街道半ばの流行らない宿で、二人の男が夜を過ごしていた。
 食事を運んできた宿の娘に、昨夜はどこにいらしてたんですか? と聞かれた男の一人は、新たに連れてきた男の方を顎で示して、
「街で昔馴染みに会ったもんだから、こいつの家で夜明けまで飲んでたんだよ」
と言った。なるほどそう紹介された男は丁度彼と同じくらいの年で、彼の話に相槌を打つように微笑んで見せる。
 そうだったんですか、じゃあどうぞごゆっくり。と言って娘は去っていった。
「座れよ、――『リップ』」
 言われて、窓枠に寄りかかっていた新参者は粗末なテーブルの向かいがわに腰を下ろす。長い前髪がともすると目元まで隠すのを見て、男の口元に笑みが湧いた。
「なんてだらしのないザマだ。おかげでしばらくお前だと分からなかった」
「俺は辞めて長いんでな。支給品もとうに手放してひとつも残ってない――お前はどれくらいだ?」
「九ヶ月だ。……あれだな」
 木の匙を野菜のスープに浸しながら男は言う。
「巻き込んで悪かったな」
リップは静かに受けた。
「逃げられないんじゃないかという気がしていたよ」
 二人の男は小さなテーブルに向かい合って座り、お互い大人しく、沈んだ調子で会話をした。リップに恨みの口調はなく、男に興奮の兆しはない。
「何人殺したんだ」
 血を洗い流した指先がパンをちぎる。
「十五、六人だと思う。……よく分からない。殺さねばならない人間は八人だったが……、巻き添えで殺してしまった人間もいる」
 縦に上る炎の下から、溶けた蝋が一筋流れて行った。
「バルト、お前は――」
 一度は別の名で呼んだものを、やはり慣れが出たのか昔の名前で呼ぶ。
「あれから家族は出来たのか?」
「……いや。そういう気にならなかった」
「そうか。だが仲間はいるようだな。お前は昔から放っておかれない奴だったし。えらく背の高い神父だったが……」
「あれはただの茶のみ友達だ」
「そうか? ……女もいるんだろ?」
「女はどこにでもいるさ」
 さらりと投げられながら、一抹の遠慮のこもったその問いにリップは取り合わず、話を反らした。
「お前はどうなんだ。……フローラは……?」
 今度は男が受け流す番だった。もうそんなことは自分の心の内で決着が着き切っているのだ。驚くのは他人だけだ。
「あれは死んだ」
「…………」
 しばらく、蝋燭で橙に照らされた部屋の中には食器のこすれる音だけが響いた。
「――お前がいなくなった時には、お前を殴りつけてやりたいくらい腹が立ったんだ」
 リップの水色の目が男を見る。男は無表情だった。リップと同じように無表情だった。
「でも今はお前の気持ちが分かる」
「…………」
「既に破滅の沼に双の膝下までを突っ込んだ。それでいて爽快でも哀しくも嬉しくも無い」
 彼は頷いて、静かに聞いた。
「……これからどうするつもりだ」
男も落ち着いて答える。
「夏の間彼女と過ごした城まで行く。それで全ておしまいになる。
 バルト、付き合ってくれるか」






 翌朝、まだ陽の昇りきらぬうちに彼らの部屋の扉が乱暴に叩かれた。既に寝具を片付け、出立の準備をしていたリップと男が振り返る。
「開けろ! 聞きたいことがある! おい、開けろ!」
 まずいやり方だ。
二人の男は顔を見合わせ、軽く嘲笑して、恐らく相手は付近の領主の私兵か何かだろうと判断を交わした。
 二人が突っ立って見ていると、案の定鍵を壊そうと扉に体当たりを始める。
 錠が吹っ飛んで、中に入ってきたのは六人だった。
彼らはほとんど罠に陥ったかのようにたちまち切り伏せられ、床に赤い血が滑った。
 生臭いうめき声を背中に二人が階段を下りると、宿の娘が一階のカウンターの側で青い顔をして震えていた。
 多分彼女が知らせたのだろう。
 男は迷惑分の金をカウンターの上に投げ出すと、娘の肩をポンと叩いて宿屋から出た。その後に新しくやって来た男が続いて、彼女に小さな紙片を握らせる。
 出て行く二つの影からは動物の脂肪のような死の香りがした。





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