夕方頃、来客があった。
徹夜が祟った私は店を閉めていたが、その客が面白いシルエットを見せてコツコツと玄関を叩いたので、出て行くつもりになった。
「あ、ごめんなさい。お休みのところを……」
ドアを開けたら、結構な美人が花を抱えて立っていた。花は高価ではないがとてもセンスのいい配色で、それが肩から顔を出して、変な影を作っていたらしい。
「何か?」
私は怒っていないことを表現しようと穏やかな声で聞く。すると多分私より少し上のその女性は、世慣れた笑みを見せた。
「もし何もご存知なければ申し訳ないのだけれど……、ひょっとしてリップの居場所をご存知ないかと思って」
「…………」
ああ、これはアレか。リップが最近手を出していた花屋か。……つーか、あの投げてるくせに面食い野郎め。
「彼に何かご用でしたか?」
「いえ、取り立てては。たださっき部屋に入ったらいなくて……、なんだか変ね。気にすることじゃないのかもしれないけど、どうしてか気持ちが騒いで。下のお店へ入り浸っていると聞いていたから、何かご存じないかと思って。本当にそれだけなの」
「そうですか。……リップがどこにいるのか、私にも分からないんです」
「そう……。帰ってはくるのかしら?」
女性はいきなり核心を突いた。その鋭さに怯んで私はいかにも頼りなく黙り込んでしまう。
それは彼女にも分からず、私にも分からない。きっと帰ってきますなどとバカなことも言えない。
リップは二度と帰ってこないかもしれない。
いつかは訪れる転機だ。断絶はいつも唐突で理由もない。それが今でないとは言えないではないか。
「……それも分りかねます」
「……そう。じゃ、この花あなたに差し上げるわ」
女性の胸にあった花束が差し出された。
「え?」
「余り物だし、彼の部屋に置こうかと思ってたものだからいいの。よかったらお店で使って」
と、にこりと笑う。私は相手があまりによく出来た人間なのでかえって悪くなってしまった。
「すいません……。あのバカ、花以外にも色々頂いてるでしょ。ご迷惑をかけてるんじゃないですか?」
流石に女性はアハハと大きな声で笑う。
「そうねえ、確かにそうだけど。でも私は花屋だし」
「?」
「彼はきっと喉が渇いてお腹が空いているのだけれど、私は花しか作ってあげられないの」
帰ったらよろしく言っておいて、と微笑んで花屋の女性は店に戻っていった。
花は美しいが食えない。花は香ばしいが飲めない。
私も花屋の女性も彼のために何も出来ない。それを知っている。
そう。ただそれだけのことだ。
偶然訪れた女性が思いがけず、マヒト等にかき回された私の気持ちを代弁していった。
毎夜冴えた目で酒を飲み犬のように街を歩くリップ。自分の体に愛惜の情を持たず、傷物の果物のように人へ投げ与えてしまうリップ。
そんな男に私は救いを用意できない。
私は毒屋だ。彼にしてやれることなど何もない。
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