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       慣れない苦労を散々舐めた末、マヒトと林檎のコンビが目的地にたどり着いたのは、その日の夕刻となった。コーノスの部下が、犯人トラスが宿泊していると報告した街道の宿屋だ。 
       実際に外界に出てみると、マヒトは自分が世の中の常識や仕組みに明るくないことを痛感せざるを得なかった。 
       身分証明書がなければ馬一つ借りられないことも知らなかった。その時は聖都だったから、マヒトの身分が幸いしてなんとか林檎の分の馬も借りることが出来たが、これからもそうとは限らない。 
       それに、坊主と少女が白昼連れ立っていれば妙な目で見られるのも当然だった。今日はもうそれほど動けないだろう。……宿を取るのか。宿帳には本当の名前を書いていいのか。偽名を使ったらかえって面倒なことにならないか。云々。 
       ただでさえ深刻な頭の中をさらに悩ませながらようやく最初の目的地に着いたのだった。 
       宿の玄関は開いていたが、がらんとしていた。客はほとんどいないらしく、そのためかどうか主人の顔は不幸そのものだ。 
       マヒトがコルタから来た二人組みの男のことを尋ねると態度がさらに硬化した。 
      「何も知りません。私らは迷惑してるんです。何の係わり合いもありません。行き先も知りません」 
       マヒトがどれだけ誠実に話をしようとしても無駄だった。火のついた警戒心は頑迷で解けなかった。 
       やむを得ず二人のうち一人は、本人の意に添わないまま、相手に連れまわされているのだと説明すると、バカなことを言うなそんなはずがない。と言い切られる。 
      「あいつも人殺しの仲間ですよ。捕まえに来た兵隊さんに大怪我をさせやがって……! 二階の床に血の跡が残って消えやしません! 私らはどうしたらいいんです! こんなんじゃ商売になりませんよ! 
       あなた達は一体連中のなんなんです? 私らに償いでもしてくれるんですか?」 
       狼狽したマヒトの側に、宿屋の娘が近づいた。 
      「神父様、あの男の人を探してらっしゃるのですか?」 
       そうだと答えると、前掛けのポケットから紙片を取り出し、マヒトに渡してきびすを返した。 
       二つに畳まれた紙を広げると短い語句が二つだけ書いてあった。 
      上に、 
       
      
 
 
      「探しに来た人間に渡して欲しい」  
      
  
       その下、簡潔な文字が目玉を刺す。 
      
  
      
 
      「追うな」  
      
 
  
-つづく- 
 
  
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