コントラコスモス -15-
ContraCosmos




 医師はコルタ・ヌォーヴォの付近まで同行してくれた。とはいえ門前から充分な距離を保った位置で馬を止めると、御者台から降り、これ以上近寄れないことを詫びる。
「申し訳ありませんね。馬はまた別に、明日にでも戻させますから」
「とんでもありません。本当に助かりました。ありがとうございました。……お名前は」
 聞かないほうがいいのでしょうね。という無言の続きを、医師は苦笑して肯定した。
「恐らくもうお会いすることもないでしょう。あなたは日向にいらっしゃる方です。私はもうそこへ出て行くことの出来ない人間ですから」
「私は忘れません。あなたがどんな方であろうと、あなたのなさったご親切は一生覚えています」
 さすがに照れたのだろう。医師はマヒトの真面目さに微笑を送ると、
「どうか実り多き人生をお送りください」
 言い残して、御者台へ帰っていった。馬車がぐるりと反転し、道を戻っていくのを見送ると、マヒトは背中のリップを抱えなおして、コルタの北門まで歩き始めた。
 リップがいなくなった門から再び同じ街へ戻ってくる。朝霧の渡るしんとした家並みを眺めながら、濡れた石を踏んで歩いた。
 さすがのマヒトも疲労は隠せなかった。夕方出て朝帰ってきたのだから結局徹夜したことになる。
 もうものを考えることもなく、ただただ、リップの家に向けて歩みを進めた。
 ふと、掌が濡れているような気がしてマヒトはリップの体を背負いなおした。体勢を整えてから右手を上げて違和感のある箇所を見る。
「――――」
 次の瞬間、マヒトは絶句した。かと思うと、疲れとか徹夜とかどこへ行ったのか、突如全速力で石畳を走り始めた。






 当然、寝ていた。
そこに店の扉をどんどん叩かれて仰天して飛び起きる。
 私は何も知らされていなかった。
だからいきなりやって来たマヒトがほとんど押し込み強盗のように店の中に入って来て、しかも地下にまで突き進んで寝台の上にリップの体を放り出して帰って行ったのには閉口した。
「おい、マヒト?!」
「す、すまん、ミノス。とりあえず、リップを頼む!!」
「なんなんだよ、こりゃあ! オイ!」
 店のドアから叫んだが、もう巨漢の背中がバタバタ霧の中に消えていくのしか見えなかった。
「……なんだあれは?」
 呆然と呟く。そして地下に帰ったら髭面のリップが自分の寝台でうなっているのでますます後ろ向きな気持ちになった。
 こんな朝っぱらから働かねばならんのか。
 私はブツブツと婆さんのようにこの世を呪いながら、上着を引っ掛け、工房へ灯りを入れた。





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