「え? 何、今日閉店?」
屋根裏にいると、大聖堂の鐘が微かに聞こえる。午後三時になったなと思って降りていくと、案の定、こないだ奇跡を目の当たりにして尚、なーんの変化もない「歩く時報男」が締め切られた扉の前でうろたえていた。
リップはズボンのポケットに両手を突っ込み、猫背で階段を降りていく。
「ダメだよ、しばらく休みにするってさ。また来週くらいに来いよ」
「どうしたんだ。病気か?」
「まあちょっと調子悪いのかもね」
コーノスのバイトの件を話さず、当り障りのない返答をする。マヒトの顔が心配そうに曇るのでついでに付け加えておいた。
「まあ朝会った時にはそんなに大儀そうじゃなかったから、平気だよ。女性の日じゃない?」
「ああそうか……、大変だな」
大変ったって、あれは女性なら普通の生理現象だ。掌から出血する方が明らかに一大事だが、まあご本人が納得したようなので藪は突付かないでおく。
「とにかくそっとしておくのがいいと思うよ。何かあったら知らせるからさ」
「分かった。よろしく頼む。しかしなんだなあ、ここに来るのは最近じゃ習慣だから、なんとなく身の置き所がないな」
確かにマヒトは急な予定の変更に弱そうな男だ。どこか別の店にでも行く? と言いかけたリップは、その壁のような体の向こうにもう一つ、動くものを見つけて口を噤んだ。
「?」
視線が反れたのを感じて、マヒトも振り向く。それで一気に視界が開けた。
若い男が一人、店の前に立って建物を見上げている。ちょっと見ているというのではなく、完全に足を止めているので、何か用事があるように見えた。
「今日は閉店のようですよ。薬やお茶のご用ですか?」
親切なマヒトの声に、人の好い、済まなそうな表情を見せる。そのもの柔らかな顔と趣味のよい服装を認め、リップの目の奥で僅かに感情が動いた。
見たことのある男だった。
昨日聖庁の大広間で、毒入りかもしれない敵の用意した食事を胃に送り込んでいた官僚の一人――、とても若いのでリップの目についた、そしてなぜかミノスがじいっと眺めていた、王都の役人だ。
-つづく-
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