ぱっと見いかにもまともで、優しい好青年という感じの男だった。そんな印象は放っておいて他人に与えられるものではない。
 リップは昔、そういう種に近い人間だったことがある故に、その男が立ち居振舞いや、衣服髪型に対して、かなり気を遣っていることに簡単に気が付いた。
 浅慮――かつての自分については成る程そう言うことも出来るが、この男に関しては当てはまらないだろう。
 リップは思う。
 この男は昨夜、コーノスが登場するよりも前にいち早く状況を見透かし表情を消していた。
 そういう人間がその聡明を殺してまで流行に追従する道を選んでいるのなら、それは本人にとって何らか必要があるから、そうしているのだ。
 男は昨日と同じように、閉ざされた扉の前に佇んでいた。ミノスは昼前、知らん顔で薬草を摘みに出かけた。店内は本当にカラッポだ。
 リップは四階の扉を開けて階段の端に立った。気配に気づいた男が静かに顎を反らす。
 落ち着いた黒い瞳だった。リップも落ち着いていた。
「今日も休みらしいよ」
 さして大きくも無い声で言う。すると地上の男は微笑した。
「よくあることなのでしょうか」
 リップはよければ上がって来いと彼に言った。王都の官僚は足を店の玄関から階段へ向けた。




「清潔ですね」
 斜めに切り取られた低い天井に驚いた様子も無く、男は感想を口にした。これは別段世辞ではなくて、部屋はリップが人を入れても大丈夫だと判断した程度に片付けられていたのだ。
「働き者の花屋と付き合っているもんで。酒は――やばい?」
「ええ。お気持ちだけ頂きます。座っても?」
「どうぞ」
 リップは彼の前に、女がミノスから買って(あいつらはいつの間に仲良くなったのだろう?)、部屋に置いていった薄荷水を適当に注ぎ分けて出す。
 これに毒が入ってたらさぞ訳の分からない現場が出来上がるだろうなと思いながら、自分にも一つ用意した。
「悪いね、こんなもので。下が開いてれば勝手に茶を作るんだけど」
「いえ。ありがとうございます、……頂きます」
「なんか錠前が新しくなってから鍵もらってなくてさー。これも一応下のなんだけど」
「いや、おいしいですよ……。下の方とは、お付き合いは長いんですか?」
「うん」
「どのような方です?」
「――『どのような』」
 俯いて顎に迫った唇が意地悪く反復する。それから足が組替えられ、鼻があさっての方向を向いた。
「そうさなあー。俺みたいな妙な客ばっか相手にしてる変人で、年がら年中各種植物のことばかり勉強して、日の当たらない半地下に巣食って満足という、明らかにまっとーじゃない類の人間だなあ」
 わざと的を外した回答に、男は表情一つ変えず、言った。
「『彼女』は、毒商いはしていませんか?」
「――」
リップは思わず微笑して顔を戻した。男も微笑んでいる。
 午後のぬるい斜光のひだに、ちらちら光りながらほこりが滑っていった。
「――探しに来たの?」
「はい」
 薄荷水の入ったグラスは、男の手入れされた両手の中に丁寧にしまいこまれている。そのほっそりした綺麗な形の薬指に、上品な金色の指輪があった。




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