コントラコスモス -17-
ContraCosmos



 最終日。今日は本当に、だるい三時間だ。
コーノスが早々と人を減らしたのか、広間を取り巻く意識の量も目立って少なくなっていた。
 かといって何かが起こる可能性も皆無ではないから、一応は監視せねばならない。雇い主には「真面目にやれよ」と釘を刺されたが、どーせなにも起きやしないよ、と思いつつ見ているわけで、何だかこういうのは不毛である。
「たまねぎ」
「義理」
「旅行」
「う――、うなり声」
 かといってしりとりをやりつつ監視するのもどうかと思うが、とにかく間がもたんのである。
 こういうのを経験するたび、地道な内務のお仕事はしたくないと痛感してしまう。つくづく、コーノスの部下は偉い。
「今何皿目だ?」
「五。やっとメインが終わるよ。あ――、だる……」
 と、リップは大欠伸をする。
「今日は最終日だから普段に増して皿数が多いんだな」
「いやー、退屈だ。市民権は遠いわ――」
 上はだらけきっているものの、下は昨日の今日であるから当然緊張している。互いが互いの皿を気にしながら疑心暗鬼の食事であり、こんな状態ではたとえその気があったとしても毒を入れるのは非常に困難だ。
 今日に限っては下でも監視体制が出来ているというわけで、尚更事の起こる可能性は減少している。
 だが建前だけでも落ち着いて食事できている人間はごく僅かだ。折角の子羊だが紙くずみたいな味がしていることだろう。
 毒は簡単すぎる。剣で殺すのに比べて楽だし、一度に大量の人間を標的に出来る。しかしそれ故に、最後は双陣営の報復合戦となり果て、精神的な負担は増大する。
 最初からそれを考えて使えばいいのだが、まあそれに気付くのは大抵、一方が最初の一人を殺した後である。
 人間は何かに気を取られていると、後から思い返したとき自分で驚くほど、瞬間的に盲目になることが出来るものなのだ。



 ――などと、エラソーに考えていたバチはすぐ当たった。
 幸か不幸か私の場合、気を抜いたら大抵すぐ痛い目に遭うという、陰謀じみた星のめぐりになっている。
 平和そのものの三時間半が過ぎ、ようやく王都側の官僚達が退出する。遠眼鏡でそれを見送って、上も下もヤレヤレ終わったかと息を吐いたその瞬間だった。
 一旦閉じた客人用扉の向こうで、騒ぎが起きた。
「?!」
 広間に残された全員が不意打ちに飛び上がって扉を見ると、図ったようにそれが開かれ、飛び出してきた王都の官僚が両手にこぶしを握って、聖庁に対し金切り声を上げた。
「毒だ!! 殺人だ!! この人でなしども!!
とうとうやりおったな!!!」




 ―― 絵ッ?



 唖然とする坊主たちの後ろで二、三の人間達が走った。
 事態が把握できないまま、反射だけで私も動く。木の扉を開けて、狭い螺旋階段を、我ながら転落しないのが不思議なくらいのスピードで駆け降りた。
 よしんば食事の場で誰かが倒れるようなことがあれば、直ちにその人間のみをあらかじめ準備された部屋に運び込み、隔離した状態で治癒に当たる――。
 コーノスとの取り決めだ。
 だが、まさか……!
 背中にリップの足音が張り付いてくる。スタッフ用の通路を駆けに駆け、数分で部屋に辿り着いた。
 扉は開いている。通路の先からは怒声が聞こえる。
 コーノスの有能な部下連中が王都の官僚たちを阻止しているらしい。
 走りこむと、当の私が運び込んだ器具に囲まれた寝台の上に、完全に昏倒した被害者を載せるべく二人の僧侶が奮闘しているところだった。二人の間からのぞく衣服は確かに王都側のものだ。
 ――しかし、断言してもいい。絶対にさっきのテーブルで聖庁側の人間は王都側の食事に毒を入れていない。この官僚に毒を盛ったのは、聖庁の人間ではない。
 ならば……!
 最後に一つ残った可能性に脳を焼ききりながら患者に踏み込み、その顔を見た時、今度こそ私はがぁんとなり、立ちすくんだ。





……信じられない。
どうしてこういうことになる?





 意識を失って、そこに死んだ魚みたいに倒れているのは最も若い役人。優しく物静かな私のかつての学友――レジナルド・クレスだった。
「殺すなよ、ミノス」
 針のようなリップの声が硬直した鼓膜に刺さる。
「これは陰謀だ」




 誰よりも、彼に毒を盛った犯人よりもまず自分を殴りつけてやりたい衝動を万力で押さえつけながら、私は腕をまくり、側にいた運の悪い僧侶に怒鳴った。
「誰も部屋に入れるな! 水を桶に五六杯!! それから僧房に遣いをやって、学僧のマヒト神父を――今すぐここに連れて来い!!」




-つづく-




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