見送った執務室でコーノスは目を閉じた。
 過ぎ去った嵐のような数時間を反芻する。そこにちらりと現れた厄災の兆しを捉えなおす。
 似ているかと言われれば、あれは全く似ていない……。母親を連想させるのは髪の毛くらいで、後はほとんど父親の特徴を受け継いでいるのだろう。
 性格もそうだ。
 最初に話したとき、あれの娘にしては随分わきまえがあるなと思ったものだ。彼女は孤児院にいて一人で成長したそうだが、自らの力量を制御し必要なときだけ理性の元に使役しようとする思考自体、母親にはなかったものだ。
 ただそう。ただ一点、奇しくもあの「扉」と呼ばれた母親と同じなのは、周囲を異性が取り巻いているということだ。
 あれほど愛想がなく、あれほど地味で手厳しい女だというのに、常連客、パトロン、旧友。すべからく――。


 最初に自分の執務室に入ってきた時もそうだったが、あれは普段から男か女かも分からないような格好をしている。故意に中性的な言葉づかいもする。
 分かっていて、隠しているのだ。母親が隠そうとせず、猫のような残虐さで振り回していた天賦のものを。
 それを察した時、もうどこかで知ったのだなと思った。今も時折思う。誰かが彼女に知らしめたのだ。自らの体の中に、確かに母親の血が流れていることを。
 あの自我の薄そうな、若い外交官が教えたのだろうか? 拘っていたのは確かだが、どうにも想像しにくかった。
 勘のよさでは随一のリップが解せないような顔つきをしていたから、彼も同じ疑念を持ったのかもしれない。
 彼はクレス次官が倒れて、あれがおおわらわでその手当てをしていた時、自分の隣に立ってぼそりと言ったものだ。
「俺、あいつじゃないと思うんだよねえ」
 それから自分たちはしばらくの間、互いが互いの顔に解答を探すかのように、間抜け面をつき合わしていた。
 どの道あれは生きており、あれのなかに「扉」は眠っている。それは音もなく力を発する磁石のように、今も周囲に影響を及ぼしていて、一旦そう、昨夜のような事態になった時には、思いも寄らぬ力学で話をややこしくするかもしれない……。





<< 目次へ >> 次へ